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第34話
通りの両側には大勢の人々が集まっていた。彼らは白い布や花を手に持ち、馬車に向かって手を振っている。
「なんだこれ……?」
驚きのあまり、オレは言葉を失った。
「おめでとう!」
「英雄様、おかえりなさい!」
「セリル様、王子様とお幸せに!」
いくつもの祝福の声が聞こえてくる。なんだか、まるで既に結婚式のパレードでもしているかのようだった。
「どういうこと? 国民たちがオレを祝福してる……?」
オレが混乱していると、アドリアンが説明してくれた。
「実はね、この数ヶ月で王都の風向きが大きく変わったんだ。カイル殿下の事件が明るみに出て、王族への不信感が広がっていた。そんな中で、リディア王女をとっさの機転で救い、一年前には毒矢からレオン殿下を守ったセリル、つまり君の物語が広まったんだよ」
「オレの……?」
「そう。今や君は王都の人々からすっかり英雄視されているんだ。『王子を守った勇敢な騎士』と『王女を救った英雄』というイメージで、国民から大きな支持を得ている」
「う、ウソだろ……」
信じられない話だ。つい数ヶ月前まで、オレがオメガになった時、周囲からの目は冷たかった。それがどうして……?
「まあ、騎士団の人たちやレオン殿下が、意図的に君の話を語って回っていたからではあるけどね。それに、国民たちはカイル殿下の裏切りに怒りを覚えていて、カイル殿下の罪を暴いたレオン殿下とその恋人である君に好感を持つようになったんだ」
「でも……オレはオメガだし、それなのに……」
アドリアンは微笑んで答えた。
「世の中は変わるもの、だよ。もちろん批判的な声もあるだろうけど、今の国民は君たちの関係を応援している人の方が多いみたい。それに……この国は今、『新しいシンボル』を必要としているんだ。国民を裏切った元王子への怒りが、新しい希望である君たちへの支持に変わったんだ」
オレは窓の外を見た。確かに、人々の顔は笑顔だ。馬車に向かって手を振る子供たち、老人たち、彼らは本当にオレたちのことを祝福しているようだった。
「なんだか、不思議な感じだな……」
嬉しいような、恥ずかしいような。でも、なんだか胸が熱い。この国の人には嫌われる覚悟をしていたけど、やっぱりこうして祝福されるのは、素直に嬉しい気持ちでいっぱいになる。
そうやって祝福の言葉を聞いているうちに、馬車は王宮の正門に到着した。そこには見慣れた騎士団の面々が整列して待っていた。
「あれ、なんでここに騎士団のみんなが……」
馬車の窓から覗き込むと、かつての同僚たちが正装で並んでいるのが見えた。そして彼らの前に立っていたのは……
「ルーク!」
馬車を降りた瞬間、オレの元後輩であるルークが飛びついてきた。
「セリル先輩! ついに戻ってきてくれたんですね!」
彼は興奮のあまり、涙目になっていた。そのあまりの反応に、オレは思わず笑ってしまう。
「おいおい、何泣いてるんだよ。そんなに会いたかったか?」
「もちろんです! 先輩がいなくなってから、すごく寂しかったんですから!」
「相変わらず、素直でいいやつだな、お前は」
ルークの頭を撫でながら、オレも胸が熱くなるのを感じた。こうして旧友に会えるというのは、本当に嬉しいものだ。
「ルーク! いい加減にしろ!」
後ろから声がかかり、ルークはようやくオレから離れた。声の主は元同僚たちだ。彼らはオレを見ると、揃って格式ばった敬礼をした。
「セリル殿、おかえりなさいませ」
「お、おう……。そんな堅苦しくしなくていいぞ?」
かつての同僚たちに敬礼されるなんて、なんだか気恥ずかしい。昔はみんなで騎士団宿舎で雑魚寝して、お互いバカやって騒いでいた仲なのに。
しかし、彼らはすぐに敬礼の姿勢を崩し、にやにやとした笑顔を浮かべ始めた。
「……やっぱり落ち着かないよな、こんなの」
「おい、レオンハルト殿下の奥方になる方に向かってなんて口の利き方だ」
「いや、だってセリルだぞ。今更こいつにお姫様に対するような対応しろってほうが無理だって!」
「お前ら適当だな……」
なんだか昔みたいな物言いの騎士たちに、オレは一気に力が抜けてしまった。
「セリル、久しぶり! やっとお前が戻ってきて嬉しいよ」
「そうそう、お前がいない間、レオンハルト殿下の機嫌が恐ろしいほど悪かったんだぞ。早く殿下を慰めてやってくれよ」
「なっ、なんてこと言うんだお前らっ!」
オレは顔を真っ赤にして彼らを制した。そんな大胆なことを言って、周りから聞かれたらどうするつもりだ!
でも、こうして同僚たちが昔と変わらぬ態度で接してくれることは、本当に嬉しかった。オレのことをオメガだからといって特別扱いするわけでもなく、かといって蔑むわけでもなく。ただの昔からの友人として、気安く話しかけてくれる。
東の砦の時には少し壁を感じたけど、いろいろ経て、元の態度に戻すことを選んでくれた彼らに、オレは心の中で感謝した。
「……まったく、相変わらずのやつらだな」
心の底から安堵する。自分の居場所がまだちゃんとここにある。そのことに、胸が熱くなった。
「セリル殿」
呼ばれて振り返ると、そこにはエドガーが立っていた。レオン殿下の執事は、王都に戻る前よりも少し柔らかい表情をしている気がする。
「エドガーさん……」
「王宮に戻られたこと、歓迎いたします」
エドガーの表情からは、本当に歓迎している気持ちが伝わってきた。今になって考えてみると、エドガーは恐らく、レオン殿下がオレのことを本当に大切に思っていることを誰よりも理解していたのだろう。
「まずはご家族を控室にご案内します。こちらへどうぞ」
エドガーはメイドたちに命令して、オレの家族を違う場所へと案内していった。騎士たちもオレに再び敬礼してから、それぞれの持ち場へと戻っていく。
「──さて、セリル殿、あなたはこちらへどうぞ」
周囲から人が離れていき、気がつけばエドガーとオレだけが残された。彼は静かに会釈すると、オレを王宮の中へと案内し始めた。
一歩足を踏み入れると、王宮内は予想以上に慌ただしい様子だった。使用人たちが忙しそうに行き交い、飾り付けを運ぶ人、料理の準備をする人、掃除をする人……。王宮全体が大わらわのようだった。
「なんだか王宮、いつもよりせわしない雰囲気ですね?」
「そりゃあ、急遽王族の結婚式が決まったんですからね。準備で王宮はここしばらくずっとてんやわんやですよ」
エドガーの言葉に、オレはちょっと申し訳ない気持ちになった。今回のことはオレのせいではないにしても、やっぱり自分も関係者だ。こんなに大勢の人が忙しく走り回っているのを見ると、バツが悪い。
「大丈夫です。みなさん、喜んで準備しています。久しぶりの良い行事ですから」
エドガーはオレの気持ちを察してか、そう言ってくれた。彼の言葉に少し救われた気がした。
廊下を歩いていくと、エドガーはオレが予想していない方向へと進んでいった。
「あの、これってオレの元いた部屋じゃない方向ですよね? 執務室でもないし……」
「はい。今日から、あなたの居場所は変わります」
「え? どういうこと?」
「ここに着いたら分かりますよ」
エドガーはそれ以上詳しく説明せず、長い廊下の奥へとオレを案内した。やがて、シンプルな彫刻が施された大きな扉の前で、エドガーは足を止めた。
「到着しました。さあ、どうぞ、扉を開けてみてください」
「は、はい」
オレは少し緊張しながら、扉に手をかけた。
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