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夜明けのファジーネーブル 第3話 幼い頃の思い出 | 藤音鴻(ふじねこ)の小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
夜明けのファジーネーブル
第3話 幼い頃の思い出
作者:
藤音鴻(ふじねこ)
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3 / 8
第3話 幼い頃の思い出
桃慈
(
とうじ
)
の住む団地は、海沿いに立っている。 目の前の大きな道路を渡ると、左側に海に突き出すように小さな山が見える。その山の入り口に、神社はあった。 神社の脇には登山道や小さな公園があり、手入れはされているが、管理人は常駐していない。
桃慈
(
とうじ
)
は鳥居の前で一礼し、足元に気を付けながら進む。歩きやすいように石がひいてあるが、踏む場所によってはぐらぐらとおぼつかない。参道にそって生えている木々のおかげで、空気がひんやりと澄んでいる。 神社の敷地に入ると、自然と背筋が伸びた。心なしか体も軽くなった気がした。
桃慈
(
とうじ
)
はこの日、死のうと思っていた。 具体的な策があったわけではない。決定的な理由も。少なくとも4歳の
桃慈
(
とうじ
)
には、自身の抱えるものを言葉にする力はなかった。 ただ、消えてなくなりたかった。この世界に自分の居場所はないと感じていた。 神隠しにあえばいい。別の世界に連れ去られ、
桃慈
(
とうじ
)
の記憶は自然と消えていく。存在自体忘れ去られてしまうのだ。 母も
桃慈
(
とうじ
)
のためにがんばる必要がなくなる。 父が去ってから、母の笑顔は減ってしまった。
桃慈
(
とうじ
)
に見せる笑顔は、以前とはどこか違う、かすんだ笑顔だ。母は日に日に薄くなっていくような気がした。怖かった。母まで消えてしまうことも。それが
桃慈
(
とうじ
)
のために無理をしたせいだと言われることも。 だから
桃慈
(
とうじ
)
は、神社を目指した。神社には神様がいるという。神様なら
桃慈
(
とうじ
)
の願いを聞き届け、神隠ししてくれるだろう。 結果から言うと、
桃慈
(
とうじ
)
の計画は甘かった。 真上にあった太陽が、山の奥へと傾き、辺りに宵の気配が漂いはじめても、神隠しにあう気配はなかった。 来たときはあんなに心地よかった境内の空気が、不穏をまとい始めていた。
桃慈
(
とうじ
)
は、お賽銭箱を背にし、石段に腰かけたまま落ち着かなげに辺りを見回す。 見た目は何も変わらないのに、何か違う。そのことがたまらなく恐ろしかった。 一刻も早く逃げ帰りたいのに、もはや帰る場所はないのだ。
桃慈
(
とうじ
)
は、心細さのあまりひざを抱えて泣き始めた。涙で膝がべしょべしょになる。 うおぉ――――ん 泣いている
桃慈
(
とうじ
)
に追い打ちをかけるように、犬の遠吠えが聞こえた。近くはないが遠くもない。 野良犬。
桃慈
(
とうじ
)
の脳裏に、その単語がよぎった。素早く獲物にとびかかり、鋭い牙で切り裂く恐ろしい獣、もしくは見たこともないような化け物。 生きたまま食べられてしまうのだろうか。ゾッとするような考えが頭を埋め尽くした。 そんな消え方は嫌だ。怖い。嫌だ。お母さん!
桃慈
(
とうじ
)
は、初めて死を身近に感じ、死にたくないと、母の元に帰りたいと心から願った。
桃慈
(
とうじ
)
はぎゅっと目をつむり、その場で縮こまった。 「なあ、おまえ迷子か?」 突然聞こえた甲高いこどもの声におどろき、
桃慈
(
とうじ
)
は顔を上げた。 「泣いてるの?」 そこには見知らぬ
桃慈
(
とうじ
)
と同じくらいの年の男の子が立っていて、心配そうにこちらをのぞきこんでいた。 「迷子じゃない。でも、帰れない」
桃慈
(
とうじ
)
がそう返すと、眉間にしわをよせて考え込んでいる様子だったが、ヒントをもとめるように 「オカアサンは?」 と、なぜかぎこちない発音で聞いてきた。 「いる」
桃慈
(
とうじ
)
が短く答えるとますます困惑したように、 「オトウサンは?」 「出てった」
桃慈
(
とうじ
)
の答えを聞いて、男の子は傷ついたような顔をして、うつむいた。 男の子が
桃慈
(
とうじ
)
の隣に座ったまま動こうとしないので、仕方なくこちらから話しかけた。 一人ではないことが心強かったこともある。 「ぼくは、とうじ。 きみは?」 「はると!」
春橙
(
はると
)
は、ぱっと顔を上げると、輝くような笑顔を見せた。 うれしくてたまらないというような、きらきらとした瞳で
桃慈
(
とうじ
)
を見た。 そして、とーじ、とーじと繰り返し
桃慈
(
とうじ
)
の名を呼んだ。壊れ物を扱うように、そっと丁寧に唇にのせる。 何度
桃慈
(
とうじ
)
が、と・う・じと発音を教えても、
春橙
(
はると
)
はとーじとしか言えなかった。 そうしているうちに、17時をつげる夕焼け小焼けが流れた。
春橙
(
はると
)
は神妙な面持ちでそのチャイムを聞き終えると、 「また明日も会える?」 と、おずおずと尋ねた。 「いいよ」 反射的に
桃慈
(
とうじ
)
は答えた。
桃慈
(
とうじ
)
を必要としてくれている人がいる。そのことが
桃慈
(
とうじ
)
に生きる希望を与えた。少なくとも明日を生きてみようとそう思えた。
春橙
(
はると
)
は遊園地を前にした子どものように、興奮を抑えきれない様子で、何度も絶対だよと念を押しながら帰っていった。 翌日、仕事に行く母を見送った
桃慈
(
とうじ
)
は、さすがに早すぎると思ったものの、家でじっとしていることもできず、神社へと向かった。 鳥居の前で一礼し、一対の狐の間を通り抜け、社殿へ向かう。 木々がさわさわと葉を揺らし、
桃慈
(
とうじ
)
を歓迎してくれているような気がした。
春橙
(
はると
)
はすでに来ていて、社殿の石段に腰かけ、ぼんやりと空を見上げていた。
桃慈
(
とうじ
)
は、走り出したくなる衝動を抑え、わざとぶらぶらと
春橙
(
はると
)
に近づいた。
春橙
(
はると
)
は
桃慈
(
とうじ
)
に気づくと、 「とーじ!」 と、全身をバネのように弾ませ、立ち上がった。離れていても、
春橙
(
はると
)
の目に喜びがきらめているのが感じられた。
桃慈
(
とうじ
)
もたまらなくなって、
春橙
(
はると
)
に駆け寄った。その日はお昼を食べるのも忘れ、17時のチャイムが鳴るまで遊び続けた。 家に帰るころには空腹と疲れで倒れそうになった
桃慈
(
とうじ
)
は、母にお昼ご飯はおにぎりにしてほしいとお願いした。 新しい友達ができたこと、その日あったできごとを話すと、母はとてもうれしそうに笑って聞いていた。 久しぶりに見た、母のくっきりとした笑顔だった。 家に引きこもりがちだった
桃慈
(
とうじ
)
にとって、
春橙
(
はると
)
との日々は新しい発見の連続だった。 二人が夢中になったのは、BB弾と呼ばれる小さなプラスチックの球を集めることだった。 直径は6ミリほどで、白やオレンジが多いのだが中には半透明のレアカラーもあり、黙々と拾い集めた。 町中のBB弾を二人で拾いつくしたと思っても、不思議とBB弾が町から消えることは無かった。 お昼に流れるいい湯だなのチャイムを合図に、神社の石段で母の作ってくれたお弁当を食べた。 小腹がすいたときは、山で真っ赤なグミの実や木苺を食べた。
春橙
(
はると
)
は食べられる木の実がとれる場所をよく知っていた。 山にいると、様々な昆虫に出会う。そのなかでもキリギリスを見つけると
桃慈
(
とうじ
)
と
春橙
(
はると
)
は色めきだった。 キリギリスを捕まえて持っていくと、引き換えに100円をくれるキリギリスおじさんがいたからだ。 キリギリスやコオロギは、鳴き声はよく聞こえるのに見つけるのは難しい。運よく見つけても、捕まえるのにまた骨が折れた。 一度めのアタックで失敗すると、草むらに隠れてしまい捕獲は困難だ。慎重に近づき、一気にしとめる。かぶせる両手のひらに力を入れすぎると、潰してしまうので力加減も重要だ。 捕獲出来たら、せっかくの獲物が弱ってしまわないように、すばやく虫かごに移す。
春橙
(
はると
)
はキリギリスを見つけるのはうまかったが、捕まえるのは絶望的に下手だったので、捕獲は桃慈の担当になった。 キリギリスおじさんは、おじいさんともおじさんともいえない微妙な年ごろの、いつもにこにことやさしそうな人だった。 キリギリスが入った虫かごを渡すと、細い眼を大きく開いてまじまじとキリギリスを観察した。 角度を変えてはそれを繰返すので、結構な時間がかかるのだが、自分たちの仕事を評価されているようで、なんだか胸がドキドキした。 キリギリスおじさんは、最後に満足そうに一つうなずくと、キリギリスに向かって何か話しかけた。 それは長い時もあるし、ほんの一言の時もあった。 気になって聞き耳をたてるのだが、一度も聞き取れたことはなかった。 キリギリスおじさんは、その一連の流れを、儀式のように毎回必ず行った。儀式が終わると、虫かごを持って家に入り、空になったむしかごと100円を持って戻ってきた。 キリギリスおじさんがなぜキリギリスを集めているのか、いつからキリギリスおじさんと呼ばれるようになったのか、キリギリスに何を語りかけているのか、
桃慈
(
とうじ
)
と
春橙
(
はると
)
は何度も自説を戦わせた。 結局、その答えをキリギリスおじさんに確認することもなく、いつの間にか通うこともなくなっていった。 キリギリスおじさんからもらった100円でラムネを買い、神社で飲むのが常だった。 夏の日差しを浴びながら飲むラムネは、たとえようもなく美味しかった。 二人で一本のラムネを回し飲みしながら、どちらが中に入ったビー玉をもらうかでケンカした。 結局、ビー玉を取り出すことができなくて、戦いは浜でのビー玉探しにもつれ込むのだった。 神社を出て坂を下り、大きな道路沿いに5分ほど歩くと、堤防があった。そこには平日でもちらほらと釣り人の姿があった。 コンクリートで舗装された道が、数キロにわたってのびており、テトラポットの奥には海が広がっていた。 舗装された道をしばらく進むと、砂浜が見えてくる。砂浜にはたくさんの漂流物がうちあげられており、そのほとんどがゴミだった。
桃慈
(
とうじ
)
と
春橙
(
はると
)
は、宝を探して競い合った。 完璧な形の貝殻、淡いピンクが美しい桜貝は桃慈の母にプレゼントした。 シーグラス、カニ、信じられないくらい大きな流木。
桃慈
(
とうじ
)
は特にビー玉が好きだった。ガラスでできたその球は、太陽の光を受けると宝石のように輝いた。
桃慈
(
とうじ
)
のビー玉コレクションで、一番のお気に入りがあった。それは、不思議な美しい色をしていた。 角度や光の具合によって、それは森のように深い緑にも、光を透かした葉っぱのような明るい緑にもなった。そしてそこには必ず青が内在していた。
桃慈
(
とうじ
)
はその色の正体が知りたくて、時間を忘れて見入ってしまうことがあった。どれだけ注意深く見つめても、一瞬の隙をついて、チカリと球は色を変えた。 図書館に行き、ビー玉をかたわらに、色の図鑑や宝石の図鑑、森や海の写真集でその正体を探った。 そんなとき、
桃慈
(
とうじ
)
は周りが見えなくなってしまって、17時のチャイムで我に返ることもしばしばだった。放っておかれた
春橙
(
はると
)
は、決まってそんな
桃慈
(
とうじ
)
を楽しそうに見ているのだった。
桃慈
(
とうじ
)
と
春橙
(
はると
)
は、二人だけの時間を満ち足りた気持ちで過ごした。一日一日がきらきらと輝く宝石のように美しく、二人はそれを大切に抱え、こつこつと磨き上げた。 朝晩の空気にひんやりとしたものが混じり始めたころ、
桃慈
(
とうじ
)
は自身の決意を形にしたいと思うようになった。
桃慈
(
とうじ
)
は
春橙
(
はると
)
とずっと一緒にいたいと思っていた。これから、小学校に行っても、中学校に行っても、大人になっても、
春橙
(
はると
)
に隣にいてほしかった。
春橙
(
はると
)
のいちばんであるのは自分でありたかった。 父は母に対して、そう思っていたはずなのに、そうではなくなってしまった。
桃慈
(
とうじ
)
は父のようになりたくなかった。 だから、神様の前で約束しようと思った。約束を違えれば地獄に落ちる、それくらいの覚悟があった。 「はると。ぼくね、はるとに、いいたいことがあるんだ」 いつもの神社の社殿の前で、
春橙
(
はると
)
にそうきりだしたものの、
桃慈
(
とうじ
)
はその続きをなかなか続けることができないでいた。 言うべきことは、用意してきた。準備は完璧だったはずなのだ。
春橙
(
はると
)
の目を見つめて、自分の気持ちを伝えるのだ。堂々と、ヒーローみたいに。 それなのに、現実の自分は怖くて
春橙
(
はると
)
の顔を見ることすらできない。
桃慈
(
とうじ
)
はつま先を見つめて、唇をかみしめた。己の情けなさに涙がにじみ始めた。 「とーじ」 柔らかい
春橙
(
はると
)
の声にはっとして、顔をあげた。
春橙
(
はると
)
はあたたかな微笑みを浮かべて、 「ゆっくりでいいよ。 おれずっと待ってるから」 と言った。 その瞬間、 「すき」 ぽろりと言葉が滑り出た。 「はるとがすき。 いちばんすき。 はるとのいちばんもぼくじゃなきゃいやだ」
桃慈
(
とうじ
)
は言い切ると、ぜえぜえと激しい呼吸を繰返した。坂道を全力でダッシュした後のように、全身が熱く、心臓がバクバクと脈打っていた。 それでもなんとか呼吸を落ち着け、用意していた言葉を告げた。 「はると、ぼくとけっこんしてください」 家からずっと握り締めていて、白くなってしまった左手の握りこぶしを
春橙
(
はると
)
に向けて突き出す。
春橙
(
はると
)
は顔を真っ赤にして、おそるおそる差し出されたものを受け取った。 力を入れすぎて、手を開くのに少し時間がかかったものの、
春橙
(
はると
)
の手のひらにぬくもったガラス玉がぽとりと落とされた。 それは、
桃慈
(
とうじ
)
の宝物のビー玉だった。 思わず、
春橙
(
はると
)
は
桃慈
(
とうじ
)
の顔を見る。 「だって、これ……」 「はるとにあげる」
桃慈
(
とうじ
)
がうなずくと、春橙は落とさないように注意深くビー玉つまみ、そっと光にかざした。 「すごくきれい……」
桃慈
(
とうじ
)
は
春橙
(
はると
)
のヘーゼルナッツ色の瞳の方がずっときれいだと思ったけれど、そんなこと照れくさくて口には出せなかった。
春橙
(
はると
)
はビー玉をそっとズボンのポケットにしまうと、心配そうにポケットのふくらみを見やった。 「ありがとう、たいせつにするね」 改めて
桃慈
(
とうじ
)
に向き直り、ぎゅっと握りこぶしを作って、
春橙
(
はると
)
は言葉を絞り出した。 「おれがおじいちゃんになってもいっしょにいてくれる?」 「はるとがシワシワのおじいちゃんになってもいっしょにいるよ」 「じゃあ……、……おれが死んじゃったらどうする?」 「ゆうれいになってでもいっしょにいてよ!」 そのとき
桃慈
(
とうじ
)
は、
春橙
(
はると
)
の表情にぞっとするような死の気配を感じ、反射的に強く言い返した。 「……いいの?」 「やくそく!」 泣き出しそうな
春橙
(
はると
)
につられて、泣きそうになりながら左手の小指を突き出す。 「やくそく」 お互いの小指をからませ、二人は神様の前で誓いをたてた。 死が二人を別つとも、互いを変わらず愛し続けることを、誓い合った。
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