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第4話 再会
見慣れた天井が目に入り、桃慈 は急激に現実へ引き戻されるのを感じた。
きらきらと輝いていた世界が、ゆるやかに光を失っていく。
桃慈 は寝ぼけて天井へ突き出していた左手を、力なくベットへとおろす。
ああ。俺は約束を破った。だから、俺は今地獄にいるんだな。
春橙 !春橙 !……ああ、春橙 !!
悪いのは俺なんだ。俺はあの時みたいに純粋な気持ちで春橙 を見れなくなっていた。
こんな思いはいつか暴走して、春橙 を傷つけてしまう。
春橙 は俺にとって光だった。春橙 という光があれば、俺は離れていても生きていけると思った。
俺は春橙 から逃げた。邪な俺に気づかれるのが怖かった。春橙 が俺に向ける信頼、親愛の目から、光が失われるのが怖かった。
俺は春橙 より、ちっぽけなプライドを守ったんだ。
消えてしまいたい。
しかし、桃慈 はもう知っていた。いくら神様に願っても、神隠しなんて起きない。奇跡は、起こらない。少なくとも自分の身には。そんな資格はないのだから。
桃慈 は限界まで小さく体を丸め、すすり泣いた。涙は枯れることなく流れ続けた。
「とーじ」
桃慈 は自分を呼ぶ声が聞こえたとき、また夢をみているか、とうとう自分の頭がおかしくなったのだと思った。
いっそ後者ならいいなと思いながら、緩慢な動きで顔をあげると、そこに春橙 がいた。
桃慈 の転がっているベットの前に座り、桃慈 の顔を覗き込んでいる。
「春橙 、会いたかった」
桃慈 には、とりつくろう余裕も自分の気持ちをごまかす余裕もなかった。むきだしの本音だった。
春橙 は鼻にしわをよせるように、くしゃりと笑うと、
「とーじは、さみしがりやだもんな」
照れくさそうに言った。
「春橙 、ごめん。
俺のせいで。でも、俺、春橙 がいないとだめなんだ」
しゃくりあげながら、どうにか言葉を紡ぐ桃慈 を、春橙 は静かに見守ってくれていた。
「もう、生きていたくない。
俺もそっちに連れていってよ」
桃慈 は、口に出して初めて、自分の願いを自覚した。
ああ……、俺は春橙 のところに行きたかったんだ
自覚すると、桃慈 はそのことしか考えられなくなった。
どうしたら春橙 の元に行けるだろう?なるべく周りに迷惑のかからない方法にしなければならない。母の悲しみも最低限で済むようにしたい。
「駄目だ」
固く、冷たい声で春橙 は桃慈 の願いを強く拒絶した。
春橙 のそんな冷たい声は、拒絶されるのは初めてで、桃慈 は一気に血の気が引くのを感じた。同時に、心地よいまどろみから引き戻された。
思わず身を起して、姿勢を正す桃慈 に春橙 は、
「約束したろ?
幽霊になっても一緒にいるって」
安心させるように言いながら、桃慈 に向けて左手を差し出した。
いぶかりながら、桃慈 も手を差し出すと、その手のひらに小さな丸い玉がおかれた。
それは、誓いを立てたあの日、春橙 に贈ったビー玉だった。
ビー玉はひんやりとしていて、相変わらず不思議で美しい色をしていた。
目を丸くする桃慈 に、
「とーじは疑り深いからな。
どうせ、オレのこと夢とか幻とか言って、信じないだろ?」
「……夢でも幻でもいい。
春橙 がそばにいてくれるなら」
涙と鼻水にまみれたひどい顔で、桃慈 は春橙 をしっかりと見つめた。
もう、間違えない。
「春橙 、俺は君が好きだ。
君が男だろうと幽霊だろうと関係ない。
俺は、春橙 だから好きになったんだ。
もう二度と春橙 を失いたくない」
「……バカとーじ。
先に言うことあんだろ」
「うん、ごめん。
春橙、おかえり」
「ただいま!とーじ!」
真っ赤な顔を隠すように、春橙 は桃慈 の首に抱きついた。
「オレもとーじが好き、大好き!」
耳元でささやかれたはずの言葉は、耳朶を震わす吐息を伴わなかった。
春橙 には在るはずの重みはなく、ただ触れ合った部分のひやりとした感触があった。それらは桃慈 に、春橙 が人ならざる者であることを否応なく実感させた。
桃慈 は春橙 の背中にそっと手をまわし、抱きしめた。
この世の理に背くことを罪と呼ぶのならば、罪を背負い生きてみせる。
桃慈 の胸に迷いはなかった。
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