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第8話 地獄に舞い降りたクズ

 名前も知らない一学年上の先輩に呼び出された。 「先輩が今日の放課後、校舎裏に来てって」隣のクラスのクリクリ坊主の中島君が、京子の元に不吉の種を運んできた。  絶対告白だよー!と、キャーキャー騒ぐクラスメイトA・B・Cを無視し、京子は去り行く中島君に、 「先輩って誰?」 慌てて声をかけると、「野球部の!」って返された。  違う!そうじゃないんだ中島!  名前を!名前を教えてくれ!  中島君に見捨てられたような寂しさを抱え、京子はしばし中島君が颯爽と去っていった教室のドアを見つめた。 「やったね、京子!  これって絶対アレだよね!」 「ねー!絶対そうだよー!!」 「それな~!!」  最高潮に内容のない会話で盛り上がる三人に反比例するように、京子の心は沈んでいった。  『放課後』『校舎裏』『告白』  こんなド定番三拍子そろえてくるようなオリジナリティのない男は、きっとつまらない男に決まっている。  京子は、『他人に訪れている幸運を喜んでいる私☆』に酔っている三人を眺めながら、重たいため息をついた。  本当は無視してしまいたかったけど、中島君に迷惑をかけるのも申し訳ないし、また呼び出しをくらったら面倒なので、京子は校舎裏へと足を運ぶことにした。  秋には俺の本気を見せてやる!といわんばかりに黄色を主張する葉っぱを求め、多少なりとも人が集まるが、春先のこの時期はほぼ誰も訪れない。  人の気配と言えば、かすかに運動部が練習に励む声や、吹奏楽部の奏でる曲の切端が風にのって届く程度だ。  こんな人気のないところに、知らない人と二人きりなんて  京子は終わったらさっさと帰れるようにと、準備してきた通学カバンの持ち手をぎゅっとにぎった。  だって、考えてもみてほしい  知らない人からちょっと来てって言われて、普通ほいほいついて行く?  あなたはいかついお兄さんに呼び出されたとして、ほいほいついていけるわけ?  そんな想像力のない男は絶対にお断りだ 「立花さん」  背後から声をかけられてふりむくと、やや明るめの色の髪、中途半端に気崩された制服、そこそこ整った顔立ちの男。  京子は反射的に身をこわばらせた。  ヤバい、苦手なタイプかも…… 「立花さん、急に呼び出してごめんね……。迷惑だよね」 「いえ」  京子は相手を刺激しないよう、小さな声で儀礼的に答えると、足元に目を落とす。  今度の役は、先輩の呼び出しに戸惑って、緊張してる後輩。  たぶん、このタイプは自分に夢中だから気づいてないと思うけど 「オレさぁ、この間、立花さんのことたまたま見かけて……  すごく……、その……かわいいなって。  最初はさ、ほんとそれだけだったんだけど」  …… 「その日からさ、良く、君を見かけるようになって。  気が付いたらさ、なんかオレ、いつも君のこと考えてるんだよね……」   それはさ、つまりさ、君のさ、見た目がさ、タイプさ 「オレ、ほんとさ、こんなん初めてでさ……  後輩に頼んで、立花さんとこうして 話せる機会を作ってもらったんだ!  本当に来てくれるなんて!うれしいよ!!」  断る機会があったとでも? 「初めて会ったやつに、こんなこと言われても……って感じだよね……」  いやほんと、それな  京子はちらりと視線を上げ、照れたように頭を掻きながら、頬を紅潮させ、興奮したように語っている男を見た。  男の目は京子に向けられているが、決して京子を見てはいなかった。  少なくとも、現実の京子を見てはいない。  私のことを好きっていう男は大抵そうだ  そのあとも、先輩の告白なんだか自分語りなんだかが延々続いた  春先とはいえ、まだ風は冷たい。  長時間寒空の下にさらされるなんて想定をしていなかった京子は、いつも通りのブレザー姿。  対して男はちゃっかりと上着を用意していた。  さすがにちょっときつくなってきたな……  京子が冷えといずれ訪れるであろう尿意への恐怖に震え始めた頃、男の語りはクライマックスを迎える。 「京子ちゃん!!」  いつの間にか京子ちゃん呼びになってるし。え、キモ。 「オレと付き合ったら絶対毎日楽しいから!」  お前がな   「絶対!絶対!!後悔させないから!!」  すでに後悔しかないが?  「オレと!付き合ってください!!」  はい、お疲れ、お疲れー  良くがんばった私。よく耐えた私。えらいぞ私。 「……っ」  京子は彼の告白?への返事をしようとして、思わず息をのんだ。  私、こいつの名前知らなくね?  え、私、名前も知らない男の自分語りを延々聞いてたの? 「先輩、ありがとうございます……  先輩にそんなふうに言っていただいて、先輩のお気持ちは大変ありがたいんですけど……」  とりあえず、先輩呼びで逃げ切ることとする。   こういう男は変にプライドが高かったりする。取り扱い注意 「私、まだ男性とのお付き合いとか考えられなくて……」 「先輩には、私よりずっとずっとお似合いの方がいると思うんです!」 「……なので、先輩とはお付き合いできません。ごめんなさいっ!」  男に口をはさむ暇を与えず言い切ると、勢いよく頭を下げた。   必殺!あなたは悪くないの、もっといい人見つけてね!作戦!! 「大丈夫さ!」  京子は聞こえてきた言葉に、思わず顔を上げ、男を見た。  京子は、男の後ろに『大丈夫さ!ベイビー!』と言っている花輪君の幻を見た。 「誰だって初めては怖いよね?」  わかるよと、一人うんうんうなずく名もなき男。  え、ちょっとごめんなさい、何言ってるかわからない…… 「ごめんなさい!!」  京子は再度、勢い良く頭を下げた。 「え、待って、待って」 「それって……、俺とは付き合えないっ……てこと?」  最初からそう言ってるんだが?  京子は黙したまま頭を上げず、答えを示した。 「――マジかよ」  大きなため息とともに、吐き出される言葉。  荒々しい足音を立て、名もなき先輩が京子のすぐ横を通り過ぎざま、 「すかしてんじゃねーよ、ブス!」  聞こえるか聞こえないかのつぶやきを残し、去っていった。  京子はすぐさま身を起こし、去り行く名もなきクズの後頭部に飛び蹴りをかます。  もし、この場に誰かがいたならば、宙を舞うクズとパンツ丸出しの美少女をも目撃することとなっただろう。しかし、京子にはパンツより、乙女の恥じらいより、守るべきものがあったのだ。  もんどりうって地に舞い降りるクズにむかって京子は、 「そのブスに告白してきたのは、どこのどいつだよ!!  バーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーカ!!!」  言って、京子はクズだった残骸を残し、去っていった。  ……なんてことができたらどんなにいいだろう    現実には、薄暗くなり始めた校舎裏に一人たたずむ京子が残されるのみ。  きっと、明日もクラスの奴らにアレコレ言われるんだろうなぁ  なんで私ばっかりこんな思いしなきゃいけないんだろう 「みんな、こんな私のどこがいいんだろう……」  京子のつぶやきは誰に届くこともなく消えていった      

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