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第16話 みたされない
桃慈はベットを背もたれ代わりに胡坐をかいて座っていた。
春橙と接している左側が、ひんやりとして心地よい。
買い置きしてあるスナック菓子を手に取ると、袋を開けた。
ここ最近、夕飯後にスナック菓子を食べるのが習慣化していた。
もの言いたげな春橙の視線を受け止め、微笑み返す。
「最近、やたらとお腹が空くんだよ。
春橙にこうしてまた会えて安心したんじゃないかな」
ことさらに明るく言いながら、うすしお味のそれをぱりぱりと咀嚼し、腹におさめていく。
あっという間に一袋を空にし、指についた塩と油を舐めとる。
「……病院、行くんだろ?」
「あー……、母さんにはそう言われたけどさ……。心配し過ぎなんだよ」
ここ数日、母からその痩せ方は異常だ。一度病院で診てもらえとうるさく言われていた。
なんともないよ、むしろ絶好調だ、と笑顔を作って見せるが、春橙の表情は晴れない。
桃慈は一つため息をつくと、
「わかった。行くよ」
と苦笑いしながら言った。
春橙の表情が少し安堵したように緩んだとき、桃慈のスマホがメッセージの受信を知らせた。
「立花さんだ。プチ同窓会しようってさ」
「行くの?」
「いや……、病院に行かなきゃいけないし、断るよ」
数ターンメッセージのやり取りをしていた桃慈が、うげと小さくうめいたので、春橙は何事かと桃慈を見た。
春橙の視線に気づいた桃慈は、眉をしかめながら、
「立花さんがさー、最近やたらお腹が空く、食べてるのに母さんに痩せたって心配されてるっていったらさ、『サナダ虫でも飼ってるんじゃない?』って」
嫌なこと言うよなーと、うすら寒そうに自分を抱きしめて両腕をさする。
「サナダムシ?」
春橙の問いに、桃慈は気味悪げに口元を歪ませて答える。
「寄生虫だよ。腸とかにすみつくんだ。すっごい長くなるやつもいるんだって」
「……寄生虫……」
表情を強張らせる春橙を見て、桃慈はあわてたように
「たとえ話だよ!そんなのいるわけないって!
それに、立花さんがバイトしてるクリニックで診てもらうことにしたよ」
言い、春橙の顔を覗き込んだ。
春橙は弱々しく微笑むことで、桃慈に応える。
「明日いってくるから、そんなに心配しないで」
桃慈はそのまま顔を寄せ、春橙の唇に自身の唇を重ねる。本来は柔らかさを感じるはずのそこには、ひんやりとした温度の差だけがあった。
桃慈は顔を離すと、愛おし気に春橙の伏せたまつ毛一本一本を見つめた。
桃慈はふといたずらを思いついた子どものような顔をすると、春橙の耳元で
「キスしても寄生虫はうつらないから大丈夫だよ」
と囁いた。
春橙はぱっと顔をあげ、両手で桃慈の胸を突くようにして、
「バカなこと言ってないで、風呂でも入ってこいよ!」
と、語気を荒げた。
桃慈は上気した春橙の頬をにやにやと見ていたが、春橙に睨まれ、そそくさと部屋を出て行った。
春橙は桃慈の出て行ったドアをしばらく睨んでいたが、ふっと表情から力が抜けた。
「なぁ、本当にこれでいいんだよな?」
「大丈夫なんだよな?」
『どうしたの?ハルトクン?』
『ちゃんとトウジクンはキミの元に帰ってきたじゃない』
春橙の問いかけに、空気がざわめいた。
空気のざわめきに合わせ、部屋の明度が一段下がったように春橙は感じた。
「なあ!おれといるせいで、とーじが病気になったりしてるんじゃないか?」
『ええ?!トウジクンどこか悪いの?!』
「とぼけるなよ!ちゃんと答えろ!」
『とぼけるなんてそんな……
ハルトクン落ち着いてよ。
トウジクンに何があったの?』
目に見えないナニカに、春橙は詰め寄った。ナニカは春橙の勢いにたじろぐように揺らいでいる。
「明日病院に行くんだ。
どっかおかしいかもって。食べても太らないし、やたらお腹が空くし、おかしいって」
「……寄生虫かもって」
『…………』
今にも泣きだしそうな春橙の消え入るような声に、空気が震えた。
「……ねぇ、本当に大丈夫なんだよね?」
「ねぇったら!!」
春橙の必死な呼びかけに、空気が耐えかねるように爆発した。
『アハハハハハハハハハハハハハハハ』
驚き、身を縮める春橙にナニカは言葉を紡ぐ。
『なんだ、そんなことか
心配しちゃったよー』
『それはね、一時的なものだから心配ないよ。
一種の好転反応だよ。
トウジクンがハルトクンと一緒にいるために、たくさんエネルギーを使っているんだ。
体がまだ慣れてないんだろうね』
『何も問題ない。
むしろ順調だよ』
「問題ない?」
『うん、大丈夫だよ』
ナニカの言葉は真綿のように柔らかく、春橙の全身を包み込んだ。
桃慈は自室のドアの前でたたずんでいた。
風呂に入るつもりで部屋を出て、脱衣所で替えの下着を忘れたことに気づき、戻ったのだった。
部屋に入ろうとしたとき、春橙の声が聞こえた。
誰と話しているのだろう?と疑問がわき、思わずその場で立ち尽くした。
聞こえてきたのは、春橙の声。
でも、春橙ではない、ナニカ。
一人二役で芝居をしているような、奇妙さに、桃慈はそっとドアを開け、隙間から覗き込んだ。
話している内容は全部は聞き取れなかった。それでも、桃慈の心配をしているらしいことと、甲高い笑い声は聞き取れた。
春橙とナニカの会話らしきものが終わり、ふと部屋が明るくなったように感じた。桃慈はその瞬間に呪縛がとけたように、我に返った。
あくまで今来たのだというように、声をかけながらドアを開ける。
「はるとー忘れ物したー」
春橙は先ほどより明るい笑顔で桃慈を迎えてくれた。桃慈の好きな、無邪気な笑顔。
桃慈は疑問を訴える自身に言い聞かせた。
春橙がいて、微笑みかけてくれる。
それでいいじゃないか、と。
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