18 / 21
第18話 思い出の味
「春橙。
ラムネ買ってきたからさ、海で一緒に飲もうよ」
春橙をなだめるように、努めて優しい声を出す。
「……ラムネ?」
ずっと顔を伏せていた春橙が少しだけ顔を上げた。目のふちが赤いのは泣いていたのかもしれないと思うと、桃慈の胸はずきりと痛んだ。
これからは外出を極力控えなければと密かに決意する。
桃慈は手に持ったビニール袋をガサガサと音をたててふってみせる。
「懐かしいだろ?よく二人で飲んだよな」
「「キリギリスおじさん!」」
春橙と桃慈の声が重なる。
「そうそう!キリギリスおじさんからもらった100円でさー」
目線を斜め上に向けながら、過去の奇妙な男性との思い出に思いを馳せる。
そんな桃慈を見つめ、春橙は少し表情をゆるめた。
桃慈は春橙に視線を戻し、
「海、行く?」
と柔らかなトーンで聞いた。
「……いい」
「……そっか……
じゃあ、ベット行こうか」
…………
「違うから!!」
春橙から離れた勢いで部屋の外に飛び出した桃慈。両手をぶんぶん振りながら、「そういう意味じゃなくて」、「違うんだ」と顔を赤くしたり青くしたりしながらわめいている。
春橙はそんな桃慈をきょとんとした顔で見ていたが、やがて腹を抱えて笑い出した。
桃慈も、バツの悪そうな顔で部屋に戻ると、後ろ手でドアを閉めた。
「慌てすぎだろ!桃慈の顔ったら……」
息も絶え絶えに笑う春橙を複雑そうな表情で見守る桃慈。
「……ベットから海見ようって言いたかったんだよ」
それでも笑いの発作が治まらない様子の春橙を、すねたように一瞥すると、ベットに座り
「春橙なんてほっておいて、ラムネのもーっと」
と、大きな独り言をもらす。
春橙はさすがに笑うのをやめ、ベットの桃慈へと這い寄った。
「悪かったよ」
と、上目遣いで謝り、桃慈の隣に寄り添うように座った。
桃慈は窓の桟にラムネの瓶を置くと、左手で瓶を固定し、右手で栓を押し込んだ。
コンっという軽い音がして、じゅわわと炭酸が立ち上る。ラムネがあふれ出ないように、栓をおさえたまま、炭酸がおさまるのを待つ。
春橙はそんな桃慈の真剣なまなざしを見ていた。
「できた」
桃慈は得意げにラムネをかざし、春橙を振り返る。
太陽の光を浴びてきらめくラムネの瓶と、逆光で表情の見えない桃慈に微笑み返した。
レースのカーテンが、風にあおられ大きくゆらぐ。
二人でなんとはなしに、窓の外を見る。海岸沿いに伸びる舗装された遊歩道を、老夫婦がゆったりと歩いている。
「オレたちもさ、あんなふうに手をつないで歩こうよ」
「……おれはこのままだよ」
「いいじゃん。若い子連れていいねって羨ましがられるよ」
桃慈の軽口にしょうもな、と顔をしかめて返す。
桃慈がぐびりと瓶を傾けてラムネを飲む。天井に向かってそらされた、汗ばんだ首筋に視線が吸い寄せられた。
「……どんな味?」
「え?」
「ラムネ……、どんな味か知りたいんだ」
「……飲んだことあるだろ?」
訝しげな桃慈の視線から逃れるように、視線をそらす春橙。
「……忘れちゃったのかな。ずいぶん飲んでないし」
その答えに一瞬顔を強張らせた桃慈だったが、すぐに明るい笑顔を浮かべた。
「そうだなぁ……
案外難しいな……、ラムネ……しゅわしゅわしてて、甘くて……はじける?」
眉間にしわをよせ、考えながら言葉を絞り出す。
春橙はそっと桃慈の左肩にもたれかかると、
「ねぇ、あれ見せてよ」
と言った。
桃慈は首から下げた小さな小袋をTシャツの下から引っ張り出した。
巾着型の袋から、二人の約束のびい玉をそっとつまみ出す。
桃慈はその緑とも青ともつかない不思議な色のそれを、窓から入る光にかざした。
日の光を受けたそれは、また色を変えた。曇りなく磨かれたびい玉の透明感のある美しさに、二人はしばし目をうばわれた。
耳をすませば、遠い波音すら聞こえそうな静寂をやぶったのは
ぐうううううううううううぅぅぅぅぅぅぅ
桃慈の盛大な腹の虫の音だった。
「マジかよ」
顔を赤くする桃慈をちょっと身を引きながら揶揄する春橙。
「仕方ないだろ!生理現象なんだよ!」
「今日は本当にかっこつかないなー」
けたけたと楽しそうに笑いながら春橙が言う。
恥ずかしさに憮然としながらも、これでいい、桃慈はそう思った。
オレたちは、これでいい。仲のいい親友のように、この先ずっと時を重ねていけたら、そんな幸せはないのだから。
ともだちにシェアしよう!

