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第21話 崩壊
「佐藤っていただろ?佐藤桃慈。
ものすごく優秀だったけど、なんていうか……少し、変わってたよな」
そうですね、とも、そうですか?とも言えず、京子は無言で担任を見返した。
担任はたくましい腕を京子に見せつけるかのように組んだまま、思い出を語る。
「放課後、ほら、熊がよく出てた時期あったろ?その頃に、早く帰宅するようにって校内の見回りをしてたんだよ。
そしたらさ、俺の教室で楽しそうな話声がするわけ。
そんな時期じゃなきゃ別に良かったんだけど――まぁ立花みたいなおんなのこには、暗くなる前に帰れとは言うだろうけど――、帰らせなきゃなって、教室のドアを開けたんだ。
……そしたらさ、佐藤がいたんだよ、一人で」
京子は息をのんだ。教室に、桃慈が、一人。
「俺、あれっ?て思ってさ。だってさっきまですごい楽しそうな声がしてたわけよ、それなのに一人かって思って、たしか『他に誰もいないか?』って聞いたんだよ
そしたら、佐藤も『いませんよ』って普通に返すわけ
さすがに一人で何しゃべってたんだとは聞けなくてさ、早く帰れよ、熊がでるからなって言って終わったんだけどさ」
なんだったんだろうなって、と担任は後頭部に手をやり、思案するような顔をしていた。
「でもさぁ、俺、佐藤のあんな楽しそうな声、初めて聞いたんだよ」
「佐藤っていたずらするようなタイプでもないし、そんな仲のいい奴もいなかっただろう……?
……なんか、俺、あのときなんでかゾッとしたんだよなぁ……」
担任の話に適度な相槌をうつ余裕は、もはや京子にはなかった。
当時から感じていた違和感、印象が少しずつ形を変えていく。
同級生がみなボッチを恐れ、群れをなす中、一人でも余裕を崩さない姿
人とは違う世界を見ているような、謎めいた瞳
聞き流していた友人たちの悪口「あいつまた一人で笑ってるんですけど!」
私は何を見ていた?何が見えていた?何を見ていなかった?
彼は本当に一人だったのか?それとも、彼のそばにはいつも「はると」がいた?
京子は自分の見ていた、信じていた世界がひっくり返るような、足元から崩れ落ちるような衝撃を受けた。
目の前がぐるぐるとまわり、目を開けていられない。京子は両目を閉じ、椅子の上で頭を抱えて身を丸めるようにした。
「どうした立花、大丈夫か?」
担任が慌てた様子で立ち上がる気配を感じた。
すっとと背後で空気が滑らかに動き、何者かが京子の座る椅子を支えてくれる力強さを感じた。
「先生、私、保健室まで付き添います」
まだ若い女性の声が、京子の頭上で響いた。落ち着いた少し低めの声。
「あ……、ああ、折原。
いや、それは俺が……」
言いかけた担任をさえぎるように、
「先生、具合の悪い女性と若い男性教師が二人きりになるのは、後々誤解を招きかねません。
保健の先生に引き渡すまでですから、私が行きます」
ぴしゃりと言った。
「お、おお……。そうだな、頼むよ」
「はい、失礼します」
立てますかと、ひそやかに声を掛けられ、京子が微かにうなづくと、京子の体を支えるようにして立たせ、寄り添いながら保健室へと京子を誘導してくれた。
「たちくらみか、貧血か……
とりあえず、しばらくベットで休んでね」
「はい……、ありがとうございます……」
「じゃあ、折原さん。あとよろしくね」
保健医はヒールの音を響かせて去って行ってしまった。
京子はちらりとベットの脇に腰かける女生徒を盗み見た。
さっぱりとしたショートカットの髪は、一度も染めたことのないように黒々としていた。やや釣り目気味の目は、勝気で活発な印象を受ける。
なんか、黒猫みたいな子だな
京子は会ったばかりの少女に、そんな印象を抱いた。
「……立花先輩ですよね?
落ち着きました?」
京子は目を丸くして折原と呼ばれた少女を見返す。
「折原……さん?どうして、私の名前……?」
「瑚々 です。折原瑚々」
「ここちゃん……?」
表情をほころばせる少女を見つめ、記憶を手繰ったが、京子には覚えがなかった。
「先輩は覚えてないと思います。私、オープンスクールで一度先輩に会ってるんです」
「ああ!」
京子はやっと合点した。休んでいるうちに押し付けられたオープンスクール実行委員会。そのオープンスクールに来ていた子だったのか。
芋づる式に桃慈のことを思い出す。京子は小さくうめき、両手で顔を覆った。
「立花先輩……、もしよかったら、話してくれませんか?」
京子は両手の隙間から瑚々へと目線を向ける。
「……ごめんなさい、さっきの話少しだけ聞こえちゃいました。
知り合いには話せないことも、行きずりの人間になら話せたりするじゃないですか」
「……変な話なの。私の頭がおかしいのかもしれない」
「大丈夫です。慣れてますから」
それは……いろいろとどうなのだろうか、京子は複雑な気持ちになり瑚々をまじまじと見つめてしまう。瑚々は動じることなく京子の目を見つめ返してくる。
先に目をそらしたのは京子だった。天井へ目をむけると、これまでのことを語り始めた。もう、一人で抱えておくには限界だったのかもしれない。
瑚々は静かに聞きながら、ときおり京子の話を整理するように質問を挟んだ。
すべてを聞き終えると、瑚々は口を開いた。
「そういうことならお役に立てるかもしれません。
……ただ、期待はしないでくださいね」
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