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第23話 祓い屋登場

 神社の敷地に一歩足を踏み入れると、涼やかな空気が京子の全身を包み込んだ。  参道に沿うように木々が並び、太陽光を遮ってくれているからだろう、外界に比べると何度か気温が低い。  京子はざわざわと風に揺れる、緑を深めた木々の葉を空を仰ぐようにして見た。  深く息を吸い、清浄な空気を胸にとりこむ。  飛び石のように配置された石の上を踏んだ方がいい気がして、跳ねるように参道を登っていく。社殿は高台にあるため、ここまでずっと坂が続いていた。  坂を登りきると、右手に社殿、正面に手水所が見えてきた。  瑚々(ここ)が、社殿左手側の社務所という看板の出ている入口へ向かうと、社殿の右奥からのんびりした声がかかった。 「おー、ここ、おかえりー。スイカ食うかー?」  社殿の右手側は開けていて、庭のようになっているようだった。 「ただいま。お客さん連れてきた」  瑚々は向きを変え、社殿の前を横切り、声のする方へとずんずん進んでいく。  瑚々の後を追い、庭へと足を踏み入れると、庭に面した縁側でくつろぐ男性と一匹の大きな犬の姿があった。  男性は40代くらいだろうか、グレーの作務衣を身に着け、縁側のふちに背中を丸めて腰かけている。立っている京子を下からすくい上げるように見ている。  柔和な印象のおじさん。たしかに無害そうだ。 「こんにちは、立花京子と申します。  急にお邪魔してすみません」 ぺこりと頭を下げると、 「どうもー、大神です。  うちは神社だから、いつでも参拝歓迎だよ」  京子神職者に対して抱く厳粛さとは真逆といっていい印象。彼は鼻歌でも歌い出しそうなのどかさで、庭先で揺れる青い花を眺めている。  瑚々は大神の隣に腰かけ、スイカを食んでいる。  そして、京子は大神の隣で寝そべる犬に目を向けた。  まず大きい。京子が両手で輪を作っても収まりきらないだろう。顔の前に投げ出された前足も大きい。きっと比例して肉球も大きいはずだ。肉球をふにふにしたい欲求を京子は必死で抑えた。  肉球は……あきらめる……。たぶんデリケートな部分だから。しかし…… 「あの……」  京子はしゃがみこみ、白いもふもふの毛並みが風にそよぐ様、閉じられた瞳に生えそろう純白のまつ毛から目を離さずに言った。 「わんちゃん撫でててもいいですか?」  目の前の犬の目がちらりと京子を見る。 「いいってよ」  大神から許可を得て、京子の頬が上気したように桃色に染まる。  京子は目の前の犬に優しく話しかけながら、頭を撫でる。  柔らかい。指が沈み込むほどの毛量。ふっかふかだ。そして滑らかな触り心地。 「かわいい~~~~~!!!!」  頭から背中にかけて何度も手を滑らせる。大神はあまりまめなタイプには見えないが、愛犬家なのかもしれない。この美しい毛並みは毎日のブラッシングなしには維持できないだろう。  犬は体を起こし、正面から京子を見た。濡れた鼻は艶々と黒い。白い毛並みと黒のコントラストが美しい。そして何より、キリリとした目元が凛々しい。 「君は美人さんだねー♡」  京子はうっとりと目の前の犬を撫でまわし、デレデレと相好を崩しながら言う。  犬は顎を上げて、京子に撫でろと言わんばかりに示しながら、ちらりと大神に目線を向ける。まるで飼い主である大神に褒められたことを誇っているように京子には見え、なんだか胸が温かくなった。  その間もむろん撫でる手は止まらない。  大神は胡坐で膝に肩肘をつきながらそんな様子を眺めていたが、 「おー、褒められてよかったなー、シロ」 と、抑揚のない声で言った。 「ときにお嬢さん。君は何か相談があってきたんじゃないのかね?」  大神のやや呆れたような声音に、京子は我に返る。  そう、私はシロを愛でにきたわけではない。  京子はシロを撫でる手を止めると、シロに並び、縁側に腰かけた。  さて……どこから話そうか……、正直京子自身もわけが分からないのだ。わけがわからないまま、あったことを話してみるしかないか……。  うなだれて自分の膝を見ながら考えを整理していると、シロがそっと京子の膝に右足を乗せた。  きゅんとしてシロを見ると、シロも京子を見返した。そして、大神の方を向き直ると「おん!」と一声鳴いた。  大神は少し驚いたように目を開くと、そうか、とつぶやいた。 「さて!シロの散歩の時間だ」  大神はよっこいしょと言いながらその場に立ち上がると、ぐっと全身を伸ばした。  戸惑い、大神と瑚々を交互に見やるが、瑚々は大神に「着替えてくる」と一言残し、奥に消えていった。  大神は瑚々を目で追う京子に、 「どうやらシロは君が気にいったみたいだ。散歩、付き合ってくれる?」 と、ひと昔前のナンパのセリフのような物言いをした。  京子は大神の力の抜けたような顔を見、京子をじっと見つめるシロを見た。  不思議と来る前に感じていた重苦しさが消えていた。  京子は、とても健やかで素直な気持ちになっているのを感じた。 「肉球触らせてくれるなら……」

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