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第25話 余計なお世話

 京子は走った。コンビニの駐車場を駆け、桃慈を目指した。  黒い長い髪が風にもまれ、顔にまとわりつく。ショルダーバッグを落とさないようにしっかりと掴むと、ヒールがないとはいえ、走るのには向かないパンプスをパカパカさせながら走った。  桃慈はこちらを見てたたずんでいる。手にはパンパンに膨れたレジ袋を三つほど提げている。 「さとうくん!!」  まだ表情が見えるほどの距離ではないが、心なし桃慈が身を引いたように見えた。そのまま身をひるがえすと、京子と反対の方向へよろよろと足早に歩き始めた。  なんで逃げるのよ!!  京子はかっと頭に血が上るのを感じた。しかし、気持ちばかり急いて体はついてきてくれない。脇腹がキリキリと痛み、心臓はバクバクと跳ねている。 「逃げるなー!!さとうとうじー!!」  限界を迎えた京子は足を止め、怒りに任せて力の限り叫んだ。桃慈の背中を睨みつけ、息を整えていると、脇を黒い影がさっと通り抜けた。ベリーのような甘い香りを含んだ風がその影に遅れて届く。  黒いTシャツに黒いスキニーパンツを履いたショートカットの細身の女性、瑚々(ここ)だ。瑚々はあっという間に桃慈に追いつくと、彼の腕を掴み、その場に足止めしている。  京子はよたよたと最後の気力を振り絞り、桃慈と瑚々の元へと向かった。 「どうして逃げるの?!返事もくれないし!!」  荒い呼吸の合間、桃慈を責めるような言葉が飛び出す。  桃慈は瑚々の腕を振り払おうとしているが、がっちりと掴まれていてふりほどけない。その腕は瑚々の手で軽々掴めるほどやせ細っている。  桃慈がもがくたびにがさがさとビニール袋が乾いた音をたてる。その袋には、ポテチだけがパンパンに詰まっている。  桃慈は誰のことも見ていない。京子のことも瑚々のことも。ただ腕を振りほどこうと、おそらく『はると』の元に帰ろうともがいている。 「……ねぇ、佐藤くん。  『はると』って誰なの?」  『はると』という単語にピクリと桃慈が反応した。動きを止め、ゆっくりと京子に目を向ける。 「……何言ってるんだよ。立花さんも高校までずっと一緒だったじゃないか」 「……知らない。私は『はると』なんて同級生知らないよ」  桃慈が悲し気に目を伏せる。 「春橙は目立つタイプじゃなかったけど……。忘れちゃうなんて案外薄情なんだね」 「佐藤君。私、卒業アルバムも小学校から全部確認した。当時の担任の先生にも確認しに行ったよ。  ……でもね、『はると』なんて在校生、存在しなかったの」  桃慈は落ちくぼんだ目を見開いて京子を見た。 「ねぇ!佐藤君!『はると』なんていないの!!きっと佐藤君は憑りつかれてるんだよ!!このままじゃ佐藤君死んじゃうよ!?」 「春橙はいるよ」  桃慈は声を荒げる京子を穏やかに見つめて、諭すように言った。駄々をこねる子どもに言い聞かせるように優しく。 「佐藤君!!目を覚まして!!」  お願い……と京子は涙をにじませて桃慈を見る。瑚々は、桃慈の腕を掴んでいた手を離し、そっと目を伏せた。 「立花さん。  オレは目を覚ますことを望んでいないんだ。  目を覚ました先に春橙がいないんだとしたら、その世界が間違っているんだよ。  オレは、君の言うように春橙に憑りつかれているんだとしても、その結果死ぬんだとしても、全然かまわないんだ」  でも……と言いつのろうとする京子に桃慈は静かに、判決を言い渡す裁判官のように決然と言った。 「立花さん、悪いけど余計なお世話だよ。  オレの……オレたちの人生にこれ以上関わらないでほしい」

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