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第26話 Give a reason
「あいにく、余計な世話を焼きたがるのが年寄りってもんでね」
ようやく追いついた大神が、のんびりした口調で緊迫した空気に割って入る。
「お前さんの言い分はわかった。
でも、決めるのはこっちの話を聞いてからにしたらどうだ」
「説教なら聞きたくない」
桃慈が冷たい声で大神を拒絶する。
「お前の大切な『はると』が苦しんでるとしてもか?」
「春橙が……?」
桃慈が探るように目の前の大神を見ている。
「っていうか、あなた誰なんですか?春橙の何を知ってるんです?」
「俺は大神。そこの大神神社で神主をしてる。
『はると』とやらのことは知らんが、裏で糸を引いてるやつのことならよーく知ってる」
その言葉を聞いた桃慈の表情がはっと何かに気づいたように固まる。
「……どうやら心当たりがありそうだな
悪いことは言わないから、話だけでも聞け」
京子は二人のやり取りを見守っていたが、たまらず口をはさむ。
「待って!『はると』は本当にいるの?!裏で糸を引いてる奴って誰なの?!」
「こいつがいるって言うならいるんだろ?」
大神が桃慈へあごをしゃくるようにして言う。
肩透かしをくらったように、京子は脱力して大神を見る。
「……どうしてオレらに関わろうとするんです?」
桃慈が暗い表情で大神を睨みつけるようにして言った。
「それはな……
お前らみたいなのを喰いものにするヤツが死ぬほど嫌いだからだよ」
京子はぎくりと体を強張らせ、大神を見た。それほど、大神の声には今までにない凄みや嫌悪のようなものが感じられた。大神の全身を冷たい炎が包んでいるように見えた。
「ま、安心しろ。
神主だ、祓い屋だと名乗ってみても、『はると』を祓うような力は俺にはない」
「ないの?!」
京子は叫んだ。全く意外ではなかったが。
「会ったばかりの人間に信用しろと言われても……」
桃慈は戸惑い、困惑したように大神を見ている。
京子はどういうことかと瑚々を見たが、瑚々はコンビニの壁にもたれて立っている。ヘッドホンをつけ、足を小刻みに揺らしている。
なんなの……この人たち……
京子は桃慈以上に困惑した目で大神を見た。
「いいぞ。青年。そのくらい用心した方がいい。
ただ一つ忠告しておくと、怪しいやつには反応した時点で負けだ」
桃慈は暗い眼差しでじっと大神を見ていたが、
「……ご忠告に感謝します」
と言って、その場を去ろうとした。京子が大神を信じたことを後悔し始めたその瞬間、「おん!」と一声鳴いてシロが走り出した。
桃慈が去ろうとしていた方向、その先へ。そしてある程度の距離を走ると途中で止まり、方向転換してこちらへ戻ってくる。誰かに寄り添うようにゆっくりと。ときおり気遣うように上を見上げている。
「春橙!」
それを見て驚いたように桃慈が駆け出す。よろよろとして足に力が入っていない。軽いはずのポテチの入った袋がやけに重そうだ。
京子はシロのそばにいるであろう『はると』を、目をこらして見ようとした。でも、京子の目には何も映らない。『はると』の輪郭も、空気のゆらぎも、何も。
「だめ……、やっぱり私には見えない……」
がっくりと肩を落とす京子。目が乾いてコンタクトが取れそうになる。慌てて目元を押さえた。
「大丈夫です。大半の人には見えません」
瑚々が音もなく京子の隣に移動してきていた。感情を感じさせない声で淡々と京子の独り言に応える。
「……ここちゃんには見えるの?」
京子の問いには答えず、じっとシロと『はると』を見つめる瑚々。
「本当にこのまま先に進みますか?」
「え?」
「見たくないものも見る羽目になりますよ」
京子は瑚々の目線の先を追った。桃慈が虚空に手をさしのべていた。そこに『はると』がいるのだろう。
「……それでも、もう見ないふりはしたくない」
ふっと瑚々の表情がほころんだ。
「先輩は強いですね」
「……強くなんてないよ」
胸にある苦さを感じている京子に、海からの生ぬるい風が吹きつけた。海風に独特の生臭さが混じっている。
桃慈を連れて近くまで戻ってきていたシロが、牙を向き鼻面にしわを寄せ低いうなり声を上げた。
「どうしたの、シロ?」
何かシロが警戒するような物がいるのかと辺りを見渡すが、何台か車が停まっている以外何も変わったところはなかった。
うなり続けるシロを再度見やった時、再び風が吹きつけた。ぴゅぅいと甲高い音が鳴る。珍しくもない風の音が、そのときの京子にはやけに耳障りに響いた。
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