32 / 37

第32話 神に願いを

 桃慈(とうじ)の指先がポテトチップスを探り当て、口へと運ぶ。繰返される機械的な動き。視点はどこか一点を見つめたまま動かない。  ふと、桃慈の動きが止まる。ポテチの袋へ目を向け、空になった袋を確認すると、新しい袋を開けた。そしてまた機械的にポテチを口へと運ぶ。  夕食後のこの時間だけ、春橙(はると)は桃慈の意識から消える。  春橙は自分の手を見下ろした。桃慈に触れることのできない己の手を――  桃慈が紙皿の上のおにぎりを見下ろしている。三角に形どられた、白米。  桃慈の咽喉が上下する。 「食え!」仁王立ちで見下ろす大神に見守られ、桃慈はゆっくりとおにぎりに手を伸ばす。両手でおにぎりを持ち、顔の前でおにぎりと対峙する。 「いただきます」小さく口の中でつぶやく声が隣にいる春橙には聞こえた。一口おにぎりを口に含んだ桃慈は、かすかに驚いたように目を見張り、ゆっくりと咀嚼した。  おにぎりを口に含むたび、桃慈の頬に赤みが戻っていく。  桃慈の目に光が戻っていく。  春橙の脳裏には、幼い頃の桃慈の横顔が重なって見えた。いつもきらきらした瞳で何かを追いかけていた桃慈。宝物をみつけたときの興奮でピンクに色づく頬。  春橙を見てくれない寂しさ、同時にその横顔をずっと見ていたいような気持ち。 ああ……おれは……ぼくは…… とーじを愛してる  春橙はおにぎりを頬張る桃慈の横顔を見ていた。彼が食べ終わるのを見届けると、シロを正面から見た。決意をその瞳に込めて。  シロも春橙に正面から向き合うと、 「わかった。私にできることをすると約束しよう」 と言った。  春橙は居住まいを正し、頭を下げた。誰に教わっただけでもなく、自然に体が動いた。 「とーじを助けたいです。お願いします」  伏して神に願い(けつい)を告げた。

ともだちにシェアしよう!