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第34話 尊厳

「ごめん……とーじ……、おれはおれのまま消えたいよ。  このままわけがわからなくなって、とーじを傷つけて平気な化け物になりたくない。  とーじが見せてくれた美しい世界を、とーじを思ったままでいたい……」 「……なら、オレも死ぬ。  春橙のいない世界なんてもう……オレには耐えられない……耐えられないよ」 「とーじ……。おれはとーじに死んでほしくないよ」 「オレは君を守れなかった。それどころか君を追い詰めていることにも気づけなかった。  ……オレには生きてる価値なんてないよ」  人間としての輪郭を失い、肉体は醜く崩れ、愛する者の目に晒される。それでも春橙の心は人間であることをあきらめていなかった。桃慈が春橙を人間として扱ってくれたから。 「……自死するのは勝手だが」 「おま……」  何を言い出すのかと、シロ気色ばむ大神をよそにシロは淡々と続ける。 「自死すれば、春橙とは一緒になれんぞ。  このまま死ねば、行く先は地獄か……ヤツのようになり、お前たちのような犠牲者を増やすだけだ。  己の罪を感じているのなら、それを抱えて生き抜け」 「……春橙のいない地獄を生きろっていうんですか……?」  床に伏したまま、呪詛の声を上げる桃慈。 「選ぶのはお前だ」  泰然とした声が桃慈に降りかかる。体を濡らす雨のように。でもその雨はどこか温かく桃慈には感じられた。 「選択肢なんてないじゃないですか……。ここで死んだら春橙に会えない……」 「とーじ……」 「ごめんな、春橙。  オレはこんな苦しんでる春橙を見ても、消えてほしくないって思ってしまうんだ……  オレはどうしたって春橙と一緒にいたい……  ……でも、あんなヤツに春橙を奪われるのは絶対に嫌なんだ!」  桃慈の言葉に嗚咽が混じり、最後には悲鳴のような泣き声に変わる。伏したまま拳で床を叩く。筋肉の削がれた軽い腕では、桃慈の憤りを発散させることができず、桃慈の体内で獣が荒れ狂った。  桃慈は獣のような泣き声とも鳴き声ともつかない声を上げ続けた。  どのくらいの時間、そうしていただろうか。桃慈の腕が、力尽きたように床に落ち、うなり声になり、その声も止まった。  桃慈はひとつ大きく息を吸うと、顔を上げて春橙を見た。 「春橙。  また一人にしてごめんな……。  オレの寿命が尽きるまで、それまで、先に行って待っててくれるか?」  桃慈の目には、以前のように春橙が見えた。柔らかく少し色素の薄い髪、髭剃りとは無縁のつるりとした肌、桃慈を見つめるハシバミ色の瞳。 「平気だよ。一人は慣れてる」  涙に濡れた瞳、頬を歪ませて、笑おうとする春橙。そんな春橙が愛しくて痛ましくて、発作的に春橙の腕を掴んで抱き起した。  桃慈の腕に収まる柔らかな春橙の体。鼻先を細い髪の毛がくすぐる。 「!?」  声にならない声を上げ、春橙の両腕を掴んで身を離す。目の前の春橙をまじまじと見つめる。 「さわ……れる?……なんで……?」  呆然とする桃慈に、わからないというように同じく驚いた表情で首を小刻みに左右に振る春橙。 「一晩だけだ」  シロの声に二人同時にシロを振り向く。 「ヤツらに好き勝手されるのも業腹でならん。ヤツらの醜悪な臭いと気配がいまいましいのでな。散らしてやった」  桃慈は、腕を組みツンと顎を上げるシロを呆然と見ていたが、深々と頭を下げた。熱い涙が頬を伝って床に落ちていく。 「シロ……神様……。ありがとうございます、ありがとうございます……」  桃慈の嗚咽交じりの感謝の言葉に、シロはふんと鼻をならす。 「夜が明けるころにはまたヤツらは戻ってくる。  ……それに、この結果を引き寄せたのはお前たち自身だ」  桃慈は改めて春橙に手を伸ばす。その白い頬。躊躇するように寸前で止まった手を、春橙が掴み、その手に自分の頬を寄せる。 「……とーじの手、おじいちゃんみたいだ……」 「……悪かったな、しわくちゃで」 「でも、あったかい。とーじの手……あたたかいよ」  

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