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第37話 月のみぞ知る

 ハンバーグに火を通す、じゅわわという少し籠った音、食欲をそそる脂の匂いがリビングに広がった。  食卓テーブルの上に用意された三人分の食事。  新しい家族を迎えて初めて三人で囲む食卓。  未知子が桃慈(とうじ)の子ども時代のエピソードを披露し、桃慈が照れて怒り出す。そして、笑い転げる未知子と春橙(はると)。  大いに食べ、大いに笑い、夜は更けていく。  やがて桃慈が席を立ち、未知子と「おやすみ」の挨拶を交わす。  未知子は息子たちを笑顔で見送る。頬を赤らめ、幸せそうに微笑む桃慈の姿に、未知子の顔は自然とほころぶ。それでも広くはない家、数十歩歩いた先のドアへと二人は消えた。  未知子の表情がすっと消える。  テーブルの上に残された3人分の湯飲み。  未知子はふと立ち上がると、台所のシンクの下から琥珀色の液体が満ちた瓶を取り出した。  未知子がたまに自分に許す贅沢。瓶に描かれたおじさんが、未知子にエールを送るようにばちりとウィンクしている。  立ったまま、グラスに氷とウィスキーを注ぐ。  一口その液体を口に含むと、ゆっくりと飲み下した。  未知子はグラスを手に、ベランダへと向かった。  生ぬるい空気が未知子を包みこむ。空を見上げると、白々とした月が、ぽっかりと浮かんでいた。  未知子は月を眺めながら、グラスを傾ける。カラン、と氷が音をたてた。  柔らかな月の光が、未知子を照らしていた。

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