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第40話 夜明け前

 じゃり、じゃり、と夜明けの境内に足音が響く。桃慈(とうじ)春橙(はると)は連れ立って二人の出会いの場である大神神社へと戻ってきていた。  二人は言葉を交わすことなく、ただ一歩ずつ歩を進める。ときおり春橙が気遣うような視線を向け、桃慈が微笑み返していた。  賽銭箱の前、京子と瑚々(ここ)が並んで腰かけているのが目に入る。京子はこちらに気づくと、ぱっと立ち上がり、また所在なげにその場に腰を下ろした。  桃慈と春橙が二人の目の前まで進むと、京子は再び立ち上がり、 「おはよう。昨日はよく眠れた?」 と、普段より疲れの滲んだ顔で言い、「眠れるわけないか……ごめん」と顔を曇らせている。 「おはよう。  ……大神さんとシロ……さんは?」  桃慈は京子に穏やかな笑みを浮かべると、瑚々に尋ねた。  瑚々は桃慈の質問には答えず、視線を空に向ける。桃慈もつられたように空に視線を向ける。深い藍色を押し上げるようにオレンジの光がのぞき始めていた。 「夜が明けるね」  春橙の静かな声に、桃慈はその手をぎゅっと握り返した。  ひんやりとした空気の中に、ほの甘い花のような香りが漂ってきた。不思議に思いながら、桃慈は鼻をひくつかせる。 「来た」  驚いて瑚々を振り返る一同。瑚々の視線をたどると、ぼんやりと浮かびあがる白い影。足音もなく静かにこちらに近づいてくる。  シロの長い髪、そして咲き乱れる……藤の花。紫、薄紅色、白。色とりどりの藤の花をまとったシロ、そしてその後ろを付き従う大神。  濃い灰色の羽織は夜明け前の闇に紛れ、藤の花だけを浮き立たせていた。  背後で京子の息をのむ音が聞こえる。  シロが近づくにつれ、むせかえるような甘い花の香りが強まる。  春橙がうっとりとした表情で、「すごくきれい。それにすごく……」言いかけて、はっとしたように口をつぐむ。  怯えたような表情の春橙を、大神が憐れむような目でちらりと見たが、すぐに神職者の顔に戻った。  桃慈は春橙を安心させるように笑顔に力を込めたが、うまくできている自信はなかった。 「ヤツは腹を減らしてる。すぐに来るだろう」  シロが天気の話でもするように言う。 「京子ちゃんと瑚々は外で。  ……桃慈くんと春橙くんは俺と中に来てくれ」  大神が緊張を隠せない、硬い声で指示を出す。 「案ずることはない。私は負けない」  シロの不敵な笑みを複雑な思いで見つめる桃慈。くっと桃慈の手が引かれる。反射的に振り向くと、唇に柔らかい感触があり、すぐに離れていった。  はにかむような春橙の表情。そっぽを向いた頬が桃色に染まっている。  差し込んだ朝日が桃慈の頬を赤く染め上げた。  

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