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第41話 光と闇

 拝殿は雨戸が閉め切られ、薄暗くひんやりとしていた。入口から差し込む光が、くっきりとした闇を生み出す。  桃慈(とうじ)春橙(はると)、大神は入口の近くで中央に悠然と立つシロを見守る。ぼんやりとした闇の中、シロの姿が夜桜のように白く浮かび上がって見えた。  閉め切られた室内には、濃密な花の芳香が満ち、頭がクラクラとするようだった。桃慈は息苦しさを感じ、喘ぐように呼吸を繰返した。 「気持ちを強く持てよ。持っていかれたら終わりだと思え」  大神がシロから目を離さないまま、硬い声で言った。  桃慈は大神の真剣な顔を見ながら、はいと返事をしたがその声は小さくかすれていた。  桃慈は気合を入れ直すように、ぴしゃりと自身の頬を叩く。そして、春橙とつないだ手にぎゅっと力をこめた。  拝殿の空気が濃度を増し、しっとりとその場にいる者たちを包み込んでいく。お互いの呼吸音が聞き取れそうなほどの静けさの中、シロのどこか悦びを含んだ声が響いた。 「来るぞ」  ぶわりとシロの輪郭がぶれて、広がる。  ぱあん!ぱあん!と大きな音を響かせ、閉め切っていた雨戸が開いていく。大きな音に驚いた春橙が身を縮め、背後から京子の小さな悲鳴が聞こえてくる。  ぐぅるるるるる……  シロの低いうなり声が響き、広がっていた白い靄が狼の姿を形どっていく。  桃慈はその大きさに目を見張った。高さは3メートルほどあるだろうか。純白の毛で作られる美しい流線型のフォルム、しなやかに動く尻尾、力強く床を踏む足。  そして、桃慈の目はその瞳にくぎ付けになった。きらきらと目まぐるしく色を変えていくその瞳に。 「すごい……。エメラルド、ルビー……オニキス、アクアマリン」  桃慈はほうっと熱っぽい吐息をもらす。 「すごい、すごいよ!今まで見たどんな宝石よりもきれいだ……。ほら!春橙!今度はアメジスト!」  興奮した声で、子どものように目を輝かせている桃慈。春橙は「そうだね、とてもきれいだ」と返した。  見るたびに色を変える双眸は、雨戸の向こうの一点を見定めている。  頭を低くし、獲物にとびかかる体制にシロが入る。動きに合わせて、毛並みが滑らかに波打つ。  雨戸の向こう、朝の光の中、昏い闇がわだかまっていた。  シロの体がくっとわずかに沈んだかと思うと、その闇に向かってとびかかった。  闇は真っ二つに分かれ、逃げるようにシロの横をすり抜け、拝殿内の天井付近でまたわだかまる。  拝殿内に何かの腐ったような臭いが混ざり、大神と桃慈は思わず鼻と口を袖で覆う。  シロはくるりと向きを変え、天井付近まで跳躍する。闇に追いすがり、鋭い牙で噛みつく。闇はぶわりと霧散すると、またシロから逃れるように移動しながら塊をつくっていく。  シロは床にとんっと軽い音をたてて着地すると、鼻にしわをよせてぶるぶると顔を振った。  シロが闇を嚙みちぎり、大きな前足で払い、散らしていく。そのたびに、闇は散り、集まり、それでも少しずつ小さくなっていく。  こぶし大ほどに小さくなった闇が長細くねじれ、桃慈たちの方へ手を伸ばすように、蠢く。  大神が桃慈と春橙を守るように一歩前に踏み出し、シロが背後からがぱりと真っ赤な口を開け、嚙み砕く。  風船から空気が漏れるような音を残して、闇は粒子となって、桃慈たちの目の前で消えた。

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