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第42話 そんな君が大好きだよ

 興奮した桃慈(とうじ)の声が春橙(はると)を呼ぶ。子どもの頃のように目を輝かせて、美しいシロの瞳に夢中になっている桃慈の横顔。春橙は桃慈の横顔から目が離せないまま、「そうだね、きれいだ」と答えた。  桃慈の瞳のきらめき、その弾けるような生命力が眩しくて、春橙は目を細めた。  室内にたちこめる重苦しいほどの芳香が、春橙の飢餓感をあおり、くらくらとめまいがするようだった。春橙は足に力を入れて踏ん張る。  お願い。もう少し、もう少しだけ。  春橙は桃慈の横顔を見つめる。  シロが空気をかき混ぜ、闇を切り裂く。  春橙か感じていた重苦しいほどの芳香が、薄らいでいく。春橙は目に力を入れて、桃慈のほんのり染まった頬を見た。  シロが闇を散らすたび、春橙の体から感覚が薄らいでいく。ふれ合う桃慈の手の感触、肌を撫でる空気の流れ。春橙を強い力が引き寄せ、そのたびに意識が飛びそうになる。  闇が細長くねじれ、春橙へ向けて手を伸ばす。 『おい……でぇ……こっち……』  シロが闇を噛み砕くと、春橙の耳から聴覚が失われた。  春橙を引っぱり、押し流そうとする力の流れが強まる。意識がぼんやりとし始めていた。  春橙は滲みそうになる涙を必死で押しとどめた。桃慈の姿を最後まで見ていたかった。 「とーじ。ごめん。もう時間みたいだ」  はっとした顔で春橙を振り返る桃慈。  桃慈が必死な表情で口を動かしている。  春橙はくしゃりと笑い、 「とーじは泣き虫だから心配なんだよな」 と言った。この声は桃慈に届いているだろうか。  桃慈はぼろぼろと涙をこぼしながら、必死で何かを訴えている。そして、差し出される小指。  春橙は薄れゆく意識の中で桃慈へと小指を伸ばす。  春橙の目が光を失う瞬間、春橙の脳裏に浮かんでいたのは、愛し気に春橙を見つめる桃慈の瞳だった。 どうか……どうか、とーじのこの先が幸せでありますように……  その想いを残して、春橙は小さな粒子となり、この世界に溶けて、消えた。

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