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第43話 それでも世界は美しい

 春橙(はると)の言葉に振り返った桃慈(とうじ)の目に、半分透けている春橙の姿が目に入った。 「嫌だ!春橙!……嘘だ、だめだ、まだ!まだいくな!」  恐怖に桃慈の顔が歪む。握っていたはずの春橙の手の感触が消えている。桃慈の全身を冷たいものが駆け巡り、うまく息を吸うことができない。 「とーじは泣き虫だから心配なんだよな」  春橙が、ふだんと変わらない調子でくしゃりと笑う。桃慈の目からぶわりと涙が溢れ、止めることができない。春橙の姿が涙で滲む。 「必ず春橙を迎えに行くからっ!!待ってて!約束な!」  桃慈は消えゆく春橙へ必死で手を伸ばし、小指を差しだす。春橙も桃慈へと手を伸ばした。桃慈は春橙の小指に絡めようとしたが、その寸前、春橙は溶けるように薄くなり、消えた。  桃慈は放心したように、先ほどまで春橙がいたその空間を見ていた。涙は止まっていた。 「はると……」  そっと名前を呼ぶ。「なぁに?」と少し嬉しそうに答える声はもうしない。  床の板目が目の前に迫り、おでこにごつっとした鈍い衝撃と痛みがあった。膝とおでこの痛みによって、膝から崩れ落ちて倒れたんだなと桃慈は理解する。  大神や京子の声が聞こえるが、何を言っているのか桃慈にはわからない。 「春橙が好きだった」  桃慈は淡々とした口調で言った。誰にともなく。すでに過去形で話している自分を殴りつけたいような衝動が桃慈の目の前を真っ赤に染めるが、一瞬で過ぎ去る。 「うん」すすり泣く京子が答えた。 「ただ一緒にいたかった」 「うん」京子の声が嗚咽に変わる。 「なんでオレは生きてる」  春橙はいないのに。 「佐藤く……」  突っ伏したままの桃慈の頭に、ふぁさ、とシロの尻尾がかぶさる。  こつんと軽い音がして、何かが桃慈の前に置かれた気配があった。 「……欠片になっちまった」  頭上から聞こえた大神の声に、桃慈はのろのろと顔を上げた。  歪な形をした……小さな……  開け放たれた拝殿の入り口から差し込む光を反射して、それはチカリと光った。 「春橙!」  桃慈はがばりと身を起して、その歪で、ひびが入って、割れてしまった、びい玉の欠片を胸に抱き寄せた。 「はると……はると……」 「「どうか幸せに」、あいつの最期の願いだとよ」  大神の言葉に、桃慈はびい玉の欠片から、拝殿の外へと目を向けた。  雲一つなく空は澄み渡り、降り注ぐ太陽の光を受けて、朝露が光を反射してきらめく。鳥たちの姦しいほどの鳴き声が響いていた。 「……春橙を失ったこの世界で?」  桃慈はできそこないの人形のように歪に笑った。  

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