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第4話 まっすぐ恋一直線
バイト終わり、そらはTシャツの袖を肩まで捲りながら、遊園地の裏門を出た。
辺りはもうすっかり暗くなっていて、遠くで花火が鳴る音がした。夏祭りの時期らしい。
「なあ、涼……」
隣を歩く幼なじみの横顔をちらりと見て、そらはぽつりと口を開いた。
「……なんかさ、今日のあの人見て思った。元カノ、あんな綺麗でおっとりしてて……家も
立派そうで。なんか、全方向で負けてるっていう……俺、全然釣り合わん気がしてきた……」
涼はあきれた顔をしてそらを見る。
そして、ド直球にド正論をぶつけてきた。
「いや逆に、なんで釣り合うと思った?」
「えっ……」
素で戸惑う空の顔に、涼がニヤッと笑う。
「そんなん言い出したら、俺なんて土俵にも立たれへんわ。顔も家も金もないしな」
「おまえ……それ自分で言う?」
「事実やしな。でもな、そらにはそらのフィールドがあるやろ?」
そらは、涼の後ろを少し遅れて追いかける。
「外見とか家柄とか、そんなん気にしてもしゃーないやろ。おまえはおまえの持ち味で勝負せえって。素直でまっすぐで、顔にぜーんぶ出るとこ。……それ、たぶん最強やで?」
「……最強?」
「うん。たぶんな、どんな鎧も、そのアホみたいな真っ直ぐさには勝てん気するわ。学校の先生なるーゆう夢持ってて、親父さんら引退したら実家の酒屋、ちゃんと継ぐ心構えもしとる。高二やったらそれで十分やろ?俺やったら“継がんでええ”言われた時点で万歳三唱しとるもん」
「おまえ、褒めてんのかバカにしてんのか、どっち?」
「両方や。お前がへこむと、世界の元気ちょっと減るからやめてくれ」
涼の声は軽かったけど、ちゃんと届いていた。
そらは、ふっと口角を上げた。
「……ありがとぉ……」
「ん? なんも言うてへんけど?」
「言うたやん、めっちゃ言うたやん」
笑いながら、並んで歩く二人。
「今度、遊びに誘ってみよかな……」
そらが小さくつぶやいた。
「ええやんええやん!遊びという名のデートのお誘い」
また遠くで花火の音が響いた。
恋がはじまるときって、
こんなふうに、音だけ先にやってくるのかもしれない……
ほんのすこしだけ、未来が楽しみになる。そんな気がした。
バイト終わりの帰り支度。
ズボンのポケットに手を突っ込んで、うつむき加減のそらは、心臓がうるさいくらい鳴っているのを感じていた。
(言うなら、今しかないやろ……)
ひと呼吸、深く吸って……
すぐそばで着替え終わった啓太朗に、声をかけた。
「あの……啓太朗さん」
啓太朗が振り返る。
その視線を真正面から受け止めるだけで、手のひらに汗がにじんだ。
「今度バイト終わりに……ちょっと、遊びに行きませんか?
駅前とか、その……ぐるっと回ったり……」
言い切ったあと、空気が少し止まった気がした。
ダメやったらどうしよう、とか。断られたらもう二度と誘えへんかも、とか。
いろんな思考が頭の中を一瞬で駆け巡る。
──でも、啓太朗はすぐにこう言った。
「いいよ」
その一言に、時間が止まったみたいになった。
「……えっ。マジっすか?ほんまに!?」
思わず声が裏返る。
顔が熱くなる。
自分がどれだけテンパってるか、よくわかる。
それでも、啓太朗は変わらず穏やかなままで、
笑って、ぽんとそらの肩を軽くたたいた。
「約束な」
そのまま、すっと背を向けて歩いていく。
振り返りもせず、あくまで自然体で──
でも、確かにひとつ、距離が縮まったような気がした。
そらはしばらくその場から動けなかった。
胸の中が、ふわっとして、じんわり熱い。
その一言が、何回もリピートして響いてくる。
(やばい……今日、人生でいちばんうれしいかもしれん)
照明の落ちた廊下の中で、こっそりと笑みがこぼれる。
にやけるのを止めようとしたけど、無理だった。
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