5 / 60
第5話 まっすぐ恋一直線
八月に入って、サンサンパークは一気ににぎやかになった。
子どもたちの歓声、遠くで鳴るアトラクションの音、湿った風と汗の匂い——。
夏が、本気を出してきたみたいだった。
朝から容赦ない日差しが照りつけて、アスファルトは歩くだけで足裏から熱が伝わってくる。
照り返しに目を細めながら、そらはお化け屋敷の裏口へ向かっていた。
Tシャツの背中に、早くもじっとりと汗がにじむ。
毎年のこととはいえ、今年の夏は、少しばかり手ごわい気がする。
そらは控室の掃除当番で、片づけをしながらぼんやり考えていた。
(……やば、そういや俺、連絡先聞いてへん)
前回、勢いで「遊びに行きませんか」なんて誘ってみたものの、よく考えたら、肝心の連絡手段がなかった。
電話番号もLINEも知らない。次に会えなかったら、それで終わりやん……と、ちょっとだけ落ち込む。
(あ〜〜しくった。次会ったら絶対聞こ……!)
そう気合を入れ直した瞬間、ちょうど控室のドアが開いた。
「お疲れさまです」と言いながら入ってきたのは、まさかの啓太朗だった。
「……あ、今日シフトかぶってたんすね!プールの方ですか?」
「そうやで、プールめっちゃ暑かった~」
驚きと喜びが混ざった声が出てしまって、思わず照れる。
敬太朗はそんなそらの様子にふっと笑って、ぽつりと口を開いた。
「なあ、そらくん。今日、このあと予定ある?」
「……えっ?」
そらは一瞬、何の話か理解できなかった。ぽかんとしたまま、啓太朗を見つめ返す。
「この前、遊びに行こうって言っとったやろ。時間あるなら、今からどう?」
「い、いま!? きょ、今日っすか!?」
「うん。ドライブとか、行ってみる?」
そらの頭の中で、なにかが爆発した。
(え、え、え!? うそやろ!? いきなり!? 今日!? ドライブってあのドライブ!? えっ、まって心の準備! まって!!)
「い、いきます!行きたいです!ていうか、行かせてください!!」
慌ててまくし立てるそらを見て、啓太朗は少し目を細めて笑った。
「じゃあ、着替えたら裏の駐車場で待っとくな」
「は、はいっ!」
ほんの少し前まで、不安でぐるぐるしてたのに。
今はただ、うれしさで胸がいっぱいだった。
そらは、控室でごみ袋を結びながら、そわそわと落ち着かない手つきになっていた。
(うわ、マジで行くことになった……ドライブ……え、これデートやんな?てか、急すぎん!?)
頭の中はテンパり気味なのに、身体は勝手に急ぎモードに入っている。
モップを片手に床をざっと拭いて、ほかのメンバーに「片付け、俺やっときます!」と叫んだ数分後には、着替えを抱えて更衣室へ駆け込んでいた。
制服のTシャツを脱いで、かばんから汗拭きシートを勢いよく取り出す。
「ぬおお、ベタつく……」とか小声で言いながら、首まわりや腕をゴシゴシ。
そのあと、制汗スプレーを脇にシュッ、シュッ、背中にもシュッッ!!
タオルで髪の汗をざっと拭いてから、ポーチから小さなワックスを取り出して、手のひらにのばす。
指先で前髪をちょいちょい整えて、鏡を覗き込む。
「よし……よし……! だいじょうぶ、いける! いや、いけるで俺!」
鏡の前で自分に気合いを入れながらも、胸の中では期待と不安が入り混じっていた。
(嫌われたらどうしよう。でも、断られてへんし。てか、今日いきなり誘ってくれたってことは……)
想像するだけで、顔が熱くなる。
シャツを着替えて、髪を整えた“それなりの自分”を鏡越しに見て、そらは深呼吸した。
「いってきます」
誰にともなくそう呟いて、裏口へ向かって歩き出した。
裏口に続く通路を、小走りで駆け抜ける。
急がなきゃ、早く行かなきゃ、って気持ちと同時に、心臓のドキドキは加速していくばかりだった。
そのとき……
「おーい、そらくん! なんかキメてない?」
「なになに〜! めっちゃ整ってるやん、どしたん今日〜?」
バイト仲間数人に出くわして、そらはぴたりと足を止めた。
(うわ、やばっ……よりによって今か……!)
「い、いや、そんなんちゃうし! ちょっと今日は……たまたまっす!!」
バレバレの動揺と、うまく隠しきれない笑顔が交錯する。
「たまたまって言いながら、汗拭きシートの香りしてるで〜」
「いやほんま、それ“勝負”の日の匂いやん」
「ちゃうし!!ほんまにちゃうし!!」
必死で否定しながらも、立ち止まって愛想笑いしてしまう自分がもどかしい。
(うああもう、こういうときに限って逃げ切られへん……!)
なんとか言葉を切り上げて、ぺこぺこと頭を下げながらその場を離れる。
そらは再び裏口を目指した。
そして、駐車場の角を曲がったときだった。
——そこに、啓太朗の姿があった。
施設の陰になったスペースで、ひとり壁にもたれている。
右手にはライター、左手には白い煙の立ちのぼるタバコ。
無造作に指を添えながら、ふっと煙を吐くその横顔。
思わず、そらは足を止めた。
(……かっこええなぁ……)
いつも落ち着いてる人だけど、今はそれが余計に大人びて見える。
ほんの少し伏せた視線、夜風に揺れる髪、うっすらオレンジに照らされた横顔——全部が映画のワンシーンみたいだった。
どれくらい見つめていたのか、自分でもわからない。
「……なあ、そらくん」
声がして、びくっと肩が跳ねた。
「見過ぎ。穴開くわ」
「え、いや、ちが、ちがっ……! そんなんちゃうくて!!」
焦って手を振りながら否定するも、顔はすでに真っ赤だった。
啓太朗は笑うでもなく、ただ小さく首をすくめてタバコを消す。
「ごめん、吸い終わった。行こか」
「う、うんっ!!」
そらは心臓のバクバクを必死に抑えながら、彼のあとを追った。
ともだちにシェアしよう!

