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第5話 まっすぐ恋一直線

  八月に入って、サンサンパークは一気ににぎやかになった。  子どもたちの歓声、遠くで鳴るアトラクションの音、湿った風と汗の匂い——。  夏が、本気を出してきたみたいだった。  朝から容赦ない日差しが照りつけて、アスファルトは歩くだけで足裏から熱が伝わってくる。  照り返しに目を細めながら、そらはお化け屋敷の裏口へ向かっていた。  Tシャツの背中に、早くもじっとりと汗がにじむ。  毎年のこととはいえ、今年の夏は、少しばかり手ごわい気がする。  そらは控室の掃除当番で、片づけをしながらぼんやり考えていた。  (……やば、そういや俺、連絡先聞いてへん)  前回、勢いで「遊びに行きませんか」なんて誘ってみたものの、よく考えたら、肝心の連絡手段がなかった。  電話番号もLINEも知らない。次に会えなかったら、それで終わりやん……と、ちょっとだけ落ち込む。  (あ〜〜しくった。次会ったら絶対聞こ……!)  そう気合を入れ直した瞬間、ちょうど控室のドアが開いた。  「お疲れさまです」と言いながら入ってきたのは、まさかの啓太朗だった。  「……あ、今日シフトかぶってたんすね!プールの方ですか?」  「そうやで、プールめっちゃ暑かった~」  驚きと喜びが混ざった声が出てしまって、思わず照れる。  敬太朗はそんなそらの様子にふっと笑って、ぽつりと口を開いた。  「なあ、そらくん。今日、このあと予定ある?」  「……えっ?」  そらは一瞬、何の話か理解できなかった。ぽかんとしたまま、啓太朗を見つめ返す。  「この前、遊びに行こうって言っとったやろ。時間あるなら、今からどう?」  「い、いま!? きょ、今日っすか!?」  「うん。ドライブとか、行ってみる?」  そらの頭の中で、なにかが爆発した。  (え、え、え!? うそやろ!? いきなり!? 今日!? ドライブってあのドライブ!? えっ、まって心の準備! まって!!)  「い、いきます!行きたいです!ていうか、行かせてください!!」  慌ててまくし立てるそらを見て、啓太朗は少し目を細めて笑った。  「じゃあ、着替えたら裏の駐車場で待っとくな」  「は、はいっ!」  ほんの少し前まで、不安でぐるぐるしてたのに。  今はただ、うれしさで胸がいっぱいだった。  そらは、控室でごみ袋を結びながら、そわそわと落ち着かない手つきになっていた。  (うわ、マジで行くことになった……ドライブ……え、これデートやんな?てか、急すぎん!?)  頭の中はテンパり気味なのに、身体は勝手に急ぎモードに入っている。  モップを片手に床をざっと拭いて、ほかのメンバーに「片付け、俺やっときます!」と叫んだ数分後には、着替えを抱えて更衣室へ駆け込んでいた。  制服のTシャツを脱いで、かばんから汗拭きシートを勢いよく取り出す。  「ぬおお、ベタつく……」とか小声で言いながら、首まわりや腕をゴシゴシ。  そのあと、制汗スプレーを脇にシュッ、シュッ、背中にもシュッッ!!  タオルで髪の汗をざっと拭いてから、ポーチから小さなワックスを取り出して、手のひらにのばす。  指先で前髪をちょいちょい整えて、鏡を覗き込む。  「よし……よし……! だいじょうぶ、いける! いや、いけるで俺!」  鏡の前で自分に気合いを入れながらも、胸の中では期待と不安が入り混じっていた。  (嫌われたらどうしよう。でも、断られてへんし。てか、今日いきなり誘ってくれたってことは……)  想像するだけで、顔が熱くなる。  シャツを着替えて、髪を整えた“それなりの自分”を鏡越しに見て、そらは深呼吸した。  「いってきます」  誰にともなくそう呟いて、裏口へ向かって歩き出した。   裏口に続く通路を、小走りで駆け抜ける。  急がなきゃ、早く行かなきゃ、って気持ちと同時に、心臓のドキドキは加速していくばかりだった。  そのとき……  「おーい、そらくん! なんかキメてない?」  「なになに〜! めっちゃ整ってるやん、どしたん今日〜?」  バイト仲間数人に出くわして、そらはぴたりと足を止めた。  (うわ、やばっ……よりによって今か……!)  「い、いや、そんなんちゃうし! ちょっと今日は……たまたまっす!!」  バレバレの動揺と、うまく隠しきれない笑顔が交錯する。  「たまたまって言いながら、汗拭きシートの香りしてるで〜」  「いやほんま、それ“勝負”の日の匂いやん」  「ちゃうし!!ほんまにちゃうし!!」  必死で否定しながらも、立ち止まって愛想笑いしてしまう自分がもどかしい。  (うああもう、こういうときに限って逃げ切られへん……!)  なんとか言葉を切り上げて、ぺこぺこと頭を下げながらその場を離れる。    そらは再び裏口を目指した。  そして、駐車場の角を曲がったときだった。  ——そこに、啓太朗の姿があった。  施設の陰になったスペースで、ひとり壁にもたれている。  右手にはライター、左手には白い煙の立ちのぼるタバコ。  無造作に指を添えながら、ふっと煙を吐くその横顔。  思わず、そらは足を止めた。  (……かっこええなぁ……)  いつも落ち着いてる人だけど、今はそれが余計に大人びて見える。  ほんの少し伏せた視線、夜風に揺れる髪、うっすらオレンジに照らされた横顔——全部が映画のワンシーンみたいだった。  どれくらい見つめていたのか、自分でもわからない。  「……なあ、そらくん」  声がして、びくっと肩が跳ねた。  「見過ぎ。穴開くわ」  「え、いや、ちが、ちがっ……! そんなんちゃうくて!!」  焦って手を振りながら否定するも、顔はすでに真っ赤だった。  啓太朗は笑うでもなく、ただ小さく首をすくめてタバコを消す。  「ごめん、吸い終わった。行こか」  「う、うんっ!!」  そらは心臓のバクバクを必死に抑えながら、彼のあとを追った。

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