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第7話 まっすぐ恋一直線
「すみませーん、替え玉ひとつと……あと、からあげもお願いしますっ!」
そらが元気に手を挙げたとき、向かいの席で啓太朗が一瞬だけ目を見開いた。
「……まじで? 替え玉にからあげ?」
「えっ、やばいっすか!? まだ全然いけるんすけど……!」
お腹をさすりながらニカッと笑うそらを見て、啓太朗は思わず吹き出した。
「いや、やばないけど……若いなぁって。俺、もうそんな食べれんわ……」
「啓太朗さんも、昔はバクバクいってたんすか?」
「まあね。……高校のとき、部活で剣道やっとったから」
「え、剣道!?めっちゃかっこいい!!強かったっすか??」
そらが目を丸くして乗り出すと、啓太朗はどこか照れくさそうに口元をかいた。
「まあ……市内ではそこそこ、って感じやな。兄貴の方が強かったし。あの人は県大会ベスト四やで」
「兄さんやばいっすね。でも、啓太朗さんが剣道かぁ。なんか、想像できるようでできへん……」
「ははは。そうやろなぁ。現役の時も、道着似合わんってずっと言われとったし」
そう言って少し笑った横顔が、なんだかいつもより柔らかく見えた。
そらは、はしゃいだままの自分の心を少し落ち着けて、その横顔を見つめる。
(……家族のこととか、昔のこととか、ちょっと知れた)
なんでもない会話やのに、ぐっと胸の奥があったかくなる。
そのうちに、そらの替え玉とからあげがテーブルに運ばれてきた。
「……ほんまに食べるんやな」
「余裕っす!」
からあげにかぶりつくそらを、あきれたような、でもどこか楽しそうな目で見つめながら、啓太朗は静かに水を飲んだ。
レジの前で財布を出そうとしたそらに、啓太朗がさっと手を伸ばす。
「ここは俺が出すで」
「えっ、いいんすか?でも……」
驚きながらお札を出すそらに、啓太朗は少し笑って言った。
「そんな高校生に出させるわけないやん。……ここはカッコつけさせてーや」
その声が落ち着いてて、やさしくて。
そらの胸がじんわりとあったかくなる。
(……うわ、やばい。なんか今の、めっちゃ好き)
店を出ると、空はすっかり夜の色に染まっていた。
ひんやりした風が頬をなでて、街灯の明かりがふたりの影を静かに伸ばしていた。
「ちょうどええ暗さやな。夜景、きっと綺麗に見えるで」
啓太朗がぽつりとつぶやく。
「まじっすか、めっちゃ楽しみっす!」
そらは無意識に声が弾んで、駐車場へ小走りに向かう。
ふたり並んで車に乗り込み、エンジンが静かにかかる。
少し走り出してから、啓太朗がちらっと笑って言った。
「……あ、そういえば先に言うとくけど。“雪響山”。今日行くとこな、夜景で有名なんやけど……」
「はい!」
「実は、心霊スポットとしても有名なんよな。なんか昔、展望台で——」
「ちょ、やめてくださいって!」
そらが思わず声を上げる。笑ってるけど、目元はちょっと引きつってる。
「……いや、大丈夫っす……多分……そんな、全然……」
口ではそう言いながら、シートに深くもたれて、足をすこしすぼめるそら。
窓の外は、だんだんと街の光が遠ざかっていく。
(……やばい。想像したらちょっとこわなってきた)
横を見ると、啓太朗はハンドルを握りながら、小さく笑っていた。
「びびってんの、もしかして」
「びびってないっすよ!」
即答したものの、声の高さが少しだけ裏返ってて、
自分でも笑いながら、そらは顔をそむけた。
その様子を見て、啓太朗がふっと笑う。
「……ほんま、そらくんは素直でかわいいなあ」
その一言が、何気ない声でぽろっと落ちた。
——心臓が、跳ねた。
そらは一瞬、何が起きたのかわからなかった。
顔が一気に熱くなるのを感じる。
「……っ」
言葉が出ない。
目の前がにじむわけでもないのに、世界の音がふっと遠のいた。
車の中に、静かな沈黙が落ちる。
甘くて、苦しいような空気がふたりを包み込んだ。
やがて、ハンドルを握ったまま、啓太朗がぽつりとつぶやいた。
「ほら、着いたで。展望台」
そらは慌てて「はいっ」と返事をし、シートベルトを外す。
車を降りると、あたりはしんと静かで、遠く街の明かりがきらきらと瞬いていた。
頭上には満天の星。足元には、微かに舗装された展望スペースが広がっている。
「……うわぁ……」
思わず、そらの口からため息みたいな声がもれた。
「すげぇ、ほんまに綺麗やな……」
「うん。ここ、俺も久しぶりに来たけど……思ってた以上に、ちゃんと夜景やったな」
並んで立つふたりの肩が、そっと近づく。
その瞬間、ふわりと香ったのは、また——あの、シトラスの香りだった。
隣にいるだけで、胸の奥がざわついて、息をするたびにドキドキが増していく。
これは……心霊スポットのせい?
それとも、好きのせい?
その答えを、そらはもう——わかっている気がした。
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