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第8話 届いてほしい。だから、好きって伝えたいんや
「……マジおもんない」
そんな言葉が、口から勝手にこぼれてた。
扇風機がカラカラと音を立てて回る控え室で、
そらはへたり込むようにソファに沈み込んでいた。
おもんない。ほんまに、おもんない。
あれから、一度も姿を見てない。
啓太朗くん。
せっかく仲良くなれそうやったのに。ちょっとずつ距離、縮められてる気がしたのに。
休憩室の壁に貼られたシフト表に目をやる。
8月13日、14日、15日——全部「休み」の印がついていた。
「……なんで、この3日間?」
この週は、夏季興行のピークだ。
客足もぐんと増えて、お化け屋敷もフル稼働。
そらだって毎日のように入ってる。
稼ぎ時もええとこやのに、どうしてこんな時に限って休むのか……
理由もわからないまま、
今日もまた、暗がりの中でお化け役を演じて、叫ばれて、笑われて。
終わったあと、残るのは疲れと、なんとも言えんむなしさだけ。
(啓太朗くんのいないバイトなんて、
ただのしんどい労働やん……)
そらは、バイトのモチベーションを保てず、ため息を連発していた。
昼休憩。
「お疲れー」と声をかけ合いながら、控え室の空気がちょっとだけゆるむ。
そらは冷えたおにぎりを手に、自販機の前に座り込んだ。
そのとき——近くのベンチで、バイトの先輩たちがしゃべっているのが耳に入った。
「……あー、黒川? お盆のときは毎年おらんよ」
そらの手がぴたっと止まる。
「そそ、13〜15の3日間。いつもやんね」
「家の都合って言ってたな。親戚集まるとか? なんか、実家すごいとこらしいし」
「へー、そうなんや」
そらは思わず、ジュースの缶を開けるふりをしながら、耳をそばだてた。
……知らなかった。
(毎年のことってことは、みんな知ってたんや。
ちょっとくらい詳しくなれたと思ってたのに)
——やっぱり、俺はまだ、全然あの人のこと、知らんねや。
休憩が終わっても、気持ちは上向かないまま、そらは午後のお化け役をなんとかこなした。
日が傾き始めた頃、着替えを済ませて、ゆっくりと遊園地の裏道を歩きながらシャトルバスを目指す。
今日も、会えんかった。
あの人の気配も、声も、笑顔も、なかった。
蝉の声が遠くで響いている。
そらは赤く染まりかけた空を見上げて、ため息をついた。
「……はぁ。おもんない。会えへん」
口に出した瞬間、なんでかちょっと泣きそうになって、慌てて上を向いた。
そのとき。
「おーい、そら!」
後ろから元気な声が聞こえた。振り返ると、涼が駆け寄ってくる。
「お疲れー。今日もがんばってたなあ、ゾンビ役」
「……うるさい」
「なんや、テンション低いな。……って、さては」
涼はニヤリと笑って、そらの横に並ぶ。
「……おもんない。会えへん」
そらがぽつりと漏らすと、涼はふっと笑った。
「会えへんって……こないだからまた一週間もたってへんやん?休みとプールがかぶってちょっと会えてへんだけやん」
「わかっとるけど……でも会いたいもんは会いたいんやもん。しかも、お盆の三日間は全部おらんねんで?次いつやねんよー」
そらは天を仰いだ。
「……お前、前遊んだときに連絡先交換したんやろ?」
「うん……」
「こんな時こそ、連絡やん。LIMEしぃや」
「……え、でも、なんて送ればええん?」
「そのままでええやん。“最近バイトあんまり入ってへんね。どうしたんすか”って」
「……っ、そっか! その手があった!!」
そらの顔がぱっと明るくなる。
その反応に、涼が肩をすくめた。
「よしっ!どんどん攻めろ。お前は押しやで、押し!」
「うん……! ありがとう、涼!」
足取りがさっきより軽くなった気がして、そらは嬉しそうにスマホを握りしめた。
あの人に、連絡してみよう。
勇気出して、一言だけでも。……会いたい、って。
そんな気持ちが、胸の奥でふわってあったかくなった。
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