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第9話 届いてほしい。だから、好きって伝えたいんや

 8月13日 午後。  「……つっかれた〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」  控え室のパイプ椅子に全体重を預けて、そらは天井を仰いだ。  汗ばんだ首筋に扇風機の風がぬるく当たって、ちょっとだけ生き返る。  午前中はフットサル場のバイトで、ちびっこ体験会。  小さな子どもたちとボールを追いかけて、ひたすら走り回って、笑って、こけて。  「おにいちゃんすごーい!」って言われたときは、ちょっとだけヒーローになれた気がしてうれしかった。  でも、その足で午後はサンサンパークのお化け屋敷。  体力なんて、もはやどっかに置いてきた。  「そらくん、タフやなあ〜! 今日も午前中フットサルのバイト行ってたんやろ?」  「えらすぎるってマジで」  先輩バイトたちが笑いながら、スポドリを片手に話しかけてくる。  そらはぼんやり笑って、パイプ椅子にだらーんとしたまま手を振った。  「もはや気合いだけっすよ。気合いと根性っす」  「いやいや、それで午後も叫ばせるってすごすぎるやろ」  「宿題とか、大丈夫なん?」  「え、それ聞きます!? やってるわけないじゃないですか!」  その一言に、控え室に笑いが起こった。  笑いながら、そらはスマホを手に取る。ふと、画面が光った。  【LIME〜♪】  通知の名前を見て、一気に心拍数が跳ね上がった。  ——黒川啓太朗   今日のバイト終わり、会える?  「………………っ!?」  画面を二度見して、息が止まりそうになる。  「えっ……えっ、えええええ!?!?」  座っていたパイプ椅子がギシッと揺れたかと思うと、  そのまま——  ガタン!!!  「そらくん!? 大丈夫!?」  「え、なになに、どないしたん!?」  完全にひっくり返った状態で、そらは顔を真っ赤にしながら、スマホを握りしめていた。  「……や、や、やばいっす!!」  「いや、なにが????」  周囲はポカンとしていたけど、そらの頭の中では花火が上がっていた。  “まじか!!今日会えるんや……”  あのLIMEが来てから、そらの脳内は完全に恋愛ハイモードだった。  疲れとか、眠気とか、体の重さとか、全部どっかに吹き飛んでいた。  ——あの人に、会える。  それだけで、全細胞が活性化する勢い。  午後の部、ゾンビ役。  そらは全身フルパワーで壁から飛び出した。  「うわぁあああああ!!」  「ぎゃあああああ!!!」  「マジでやばいって!!え、今の人間!?」  「目!目が本気やったって!!!」  来場者たちは次々と絶叫して逃げまどい、  その場にうずくまるカップルまで出てきた。  そんな様子を見ながら、先輩バイトが小声で言う。  「……そらくん、今日、ちょっとやりすぎちゃう?」  「ッ、は、はいっ、すみません……!」  ようやく我に返って、そらはゾンビのうなり声のトーンを一段階下げた。  (やばいやばい……はしゃぎすぎた……)  (でも……ああもう、ニヤけるの止まらん……!!)  そんな心の中の絶叫とは裏腹に、  体はしっかり最後までゾンビ業務をやり切った。    バイトが終わった瞬間、そらはロッカー室に猛ダッシュ。  着替えを一気に済ませて、鏡の前で身だしなみチェックを何度も繰り返す。  「前髪……よし、服シワない、よし、え、汗くさい?いや、大丈夫、よし!!!」  呼吸を整える暇もなく、スタッフ通路を抜けて外へ。  夏の空はもう暗く、遠くの木々がシルエットになって揺れていた。  園内のスピーカーからは「本日ラストの花火をお楽しみください」のアナウンスが流れる。  ——お盆の三日間だけ、夜八時まで営業。  七時からは園内の中央広場で、小さな打ち上げ花火が上がる。  時計を見ると、もうすぐ七時をまわるところだった。  駐車場までの道を、そらは走った。  高鳴る胸をおさえきれずに、だけど足取りはしっかりしてた。  (……ほんまに、会えるんや)  (今日、やっと会えるんや……!)  

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