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第13話 ブランコとチョコパイとラムネ

「は? なにしてんの、そら……え、泣いてんの? マジで?」  膝かかえて泣いてるそらを見つけて、涼はあっけらかんと声をかけた。 「うわ、やっば。お前それ、小三んときのカレー事件と同じやん! 給食のカレーひっくり返して、『もう一生食べられへん……』って体育座りで泣いてたやつ! それと全く同じ泣き方しとるやん!」 いつもの調子で、へらへらと笑いながら茶化す涼。 その横顔は、完全に空気を読む気ゼロの陽キャバカだ。 「うっさい……だまれや……」 しゃくり上げながら、そらが蚊の鳴くような声で返す。 でも涙は止まない。ポタ、ポタ、ポタ…… 膝を濡らす涙のしずくは、もう数えきれないくらい落ちていた。 今はもう、何もかもがどうでもよかった。 ——なんで、ふられたんやろ。 ——なんで、俺あんなに必死で好きって言うたのに。 涙の先に、ぼやけた世界が滲んでいく。 自分が自分でいられないような、そんな悲しさで胸がいっぱいだった。 しばらく、ふたりのあいだに沈黙が落ちた。 それでも涼は、そらの涙の音を聞きながら、何かを感じたのか、 珍しく声のトーンを少しだけ落とした。 「……なあ、チャリ、乗らん?」 そらが顔を上げると、涼はバカみたいなドヤ顔で親指立てていた。 「このママチャリ、ちゃんと空気入れといたから、爆速やで。今からドライブ行こ。夜風でも浴びたら、ちょっとはマシなるって。……つか、せっかくコンビニで、お前の好きなラムネとチョコパイ買ったんやぞ? 感謝せーよ?」 茶化すだけ茶化して、押しつけがましいほどの陽キャテンション。 でも—— その調子に、少しだけ救われた気がした。 そらは鼻をすすって、力なく立ち上がる。 涙はまだ止まらない。 けど、涼の背中を見ながら、ほんの少しだけ息が吸えるような気がした。 「落ちんなよー。うちのママチャリ、後ろめっちゃガタガタやからな!」 涼が笑いながらペダルを踏む。 その背中にしがみつくみたいに、そらはそっとしがみついた。 ——今はまだ、泣いててもええよな。 夜風が、頬を撫でていく。 涙のあとを乾かすように、やさしく、そっと。 近所の小さな公園に着いたころには、あたりはもうすっかり夜だった。 人気のない遊具たちが、ぼんやりと灯る街灯に照らされて、不気味な影を伸ばしている。 風も虫の声も、やけに耳につくほど静かで、誰もいないのに、誰かに見られてるような、そんな空気が漂っていた。 ふたりとも何も話さないまま、自転車を止めると、自然とブランコへ向かう。 誰が誘ったわけでもないのに、同じタイミングで、ブランコに腰を下ろした。 「……幼なじみって、こわ」 涼がぽつりと笑う。 「こういうとき、無言でブランコ行くの、なんなん?運命か」 そらはうつむいたまま、小さく笑ったような、笑ってないような顔をした。 そして、涼から手渡されたチョコパイの包装を破く。 でも—— 「……うわ、これめっちゃ溶けてるやん」 チョコがぐにゃっと潰れて、指にベタッとくっつく。 「これはあかんわ。家帰って冷やしてから食べなあかんやつ。涼、ラムネちょうだい」 「……は?」 「ラ・ム・ネ。」 涼は目を細めて、あきれたように言う。 「お前なぁ……さっきまで“人生終わった”みたいな顔して、ずびずび泣いてたくせに、  ずうずうしさの才能だけはブレへんな……」 そう言いながら、しぶしぶポケットからラムネを取り出してそらに放った。 ラムネのプラスチックの筒が、そらの手の中でコトンと音を立てた。 「ありがと」 ふたりの間に、少しだけ沈黙が落ちる。 夜風がゆっくりと吹き抜けて、ブランコの鎖がかすかに揺れた。 「……なあ」 涼が、ちょっとだけ声を低くする。 「お前がそんな泣くってことは……あれか」 そらがラムネのフタを指でクルクル回してるのを、じっと見ながら続ける。 「黒川さんのことやろ。……もしかして、もうふられたんか?  そやな?絶対そやろ??」 そう言って、涼はあえて笑いながら突っ込む。 けどその声の奥には、いつもよりずっと、やさしい色が混じっていた。 ブランコの鎖が、ぎぃ、ぎぃ、と軋んでる。 そらはラムネのフタを外しながら、ぽそっと言うた。 「……お前、俺が振られたん、ちょっとおもろがっとるやろ」 涼は、一拍おいてから吹き出した。 「ははっ……え、バレた?」 「やっぱな。なんかさっきからテンション高ない? ……お前、ほんま薄情なやつやな」 「いやちゃうねんて!ちゃうちゃう!別にバカにしてへん! ただあまりにもさ、速攻すぎてびびっただけやねん!」 「……おい……」 「いやでも正直、あの瞬発力は五輪レベルやったで? スタートのピストル鳴る前にゴールしてたやろ」 「やかましいわ」 そらがラムネを放り込みながら、ジト目でにらむ。 でも涼は悪びれもせん顔で、さらに続けた。 「でもまあ、ちゃんと告白したんはすごい思うで。俺なら絶対ビビって言えへんし」 「ほう」 「……なにより、あんな雲の上の人みたいなやつに、よう挑んだなって。  その無謀なチャレンジ精神。尊敬します!!」 「なんやその言い方。なんか失敗前提みたいでムカつくな」 「ちゃうやん、むしろそこがええねんて。成功するかどうかやなくて、やったことがすごいんやって。もうそれはほら、“心の金メダル”やん?」 「お前さっきから五輪で例えるんやめろや」 「だってさっきテレビでやっててんよ。  まあ今のお前、表彰台にすら乗ってへんで」 「うっさいわ!!」 涼は笑いながらラムネをボリボリ食べてる。 そらは肩をすくめて、つられてちょっとだけ笑った。 「……もう、何言われても響かんわ、マジで」 「それがそらのええとこやって。打たれ強さ、出てきたやん?」 「お前が言うたら全部ムカつくわ」 「そらなら、もう一回やれるって!」 「それもムカつくわ!!」 そらが叫ぶように言って、ラムネをひと粒放り込んだそのとき。 リョウの顔つきが、ふっと変わった。

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