14 / 60
第14話 ブランコとチョコパイとラムネ
笑いのあとに訪れた、少しだけ真剣な空気。
そらも自然と、目線だけ涼に向ける。
涼は、少しトーンを落とした声で言った。
「……いや、マジで。冗談ちゃうねん。
俺、多分……いけると思うねんなぁ、黒川さん」
「はあ?」
そらが目をぱちくりさせる。
「爆速で振られてんのに、何が“いける”やねん」
涼は頭をポリポリかきながら、言葉を選ぶように続ける。
「いや、確信はないで?全然ないけどさ……
俺、黒川さんも少なからず、お前のこと“可愛いな”って思っとるんちゃうかなって思うんよな」
「……」
「だってさ、明らかに他のやつより、お前とおる時間長いやん。
ちょっとした会話の返しとか、視線とかも。なんていうか、“可愛がってるな”って、傍から見たらまあまあ丸わかりやで?」
そらは言葉を飲み込んだまま、黙って涼を見つめていた。
「でも……なんか、今はお前に答えられへん理由とかあるんちゃうかなって思うねん」
「理由?」
「うん。……分からんけどな。ここ田舎やし……
やっぱ彼氏や彼女やってそーゆうやつ、一瞬で広まるやん?
そーゆーのも少なからずあるんちゃう??俺らみたいな凡人ちゃうしな。あの人。
……だから、諦めるのはまだちょっと早い気ぃする。いや、ほんま。マジで」
そらは少しだけ口を開きかけたけど、何も言えなかった。
代わりに、夜風がしゃらんと木の葉を揺らす音がした。
涼はそっと笑った。
「ま、結局はお前次第やけどな。俺はどっちでもええけど? 泣きながらまたラムネ食うお前の顔見るんも、まあまあオモロいし」
「……急に台無しやわ」
「だって俺やもん」
そらは、ブランコの鎖をちょんとつまんで、少しだけ揺らした。
さっきまで重たかった胸が、ほんの少しだけ軽くなる気がした。
涼はブランコを降りると、ぱんぱんとズボンのホコリをはらって言った。
「ほな、帰ろか」
そらが立ち上がると、涼はニヤッと笑って、自転車を指さした。
「行きは俺がこいだったから、帰りはお前がこげよ。
ちなみにこのママチャリ、うちのおかんのやつやからな。こわしたらマジでぶちギレられるで。だいじに乗れよ?」
そらが無言で自転車を見る。
「おれのチャリ? こないだ田んぼにつっこんで、今修理中や。
なんかカエル避けようとしてハンドル切ったら、勢いよすぎて沈んだわ。
はははははは!」
バカみたいに楽しそうに笑いながら、涼は先にチャリへと戻っていく。
そらは、その背中をしばらく黙って見ていた。
そのうち、胸の奥のほうが、きゅっとあたたかくなる。
そして、消えそうなくらい小さな声で、涼の背中に向かってつぶやいた。
「……涼、ほんま、ありがとう」
たぶん聞こえてない。
でもそれでよかった。
頬にふれた夜風は、さっきより少しだけやわらかくて、
さっきまでどしゃぶりみたいに流れてた涙は、いつのまにか止まってた。
そらは自転車のハンドルを持ちながら、心の中でそっと思った。
——もうちょっとだけ、がんばってみようかな。
夜道を、自転車のタイヤが静かに転がっていく。
すると、“ちょっと”のつもりやったのに——
気づいたら、胸の奥で、何かがボワッと燃えあがった。
「……っうわーーー!!!」
「……は?」
「うわああああああああ!!!」
「え、ちょ、なに!?どした!?なんやなんや、こわっ!怖いわ!!」
涼が驚いて落ちそうになる。
でもそらはそのまま、ペダルを力強く踏みながら叫んだ。
「めっちゃ好きーーー!!!」
「ちょ、お前!深夜やぞ!?近所迷惑!!」
「しゃーない!!叫びたなるくらい、めっちゃ好きやねんもん!!!」
「はーーー……こいつ、終わってんな……」
涼がため息をつきながらも、どこか嬉しそうに肩をすくめる。
そらは、息を切らしながらそれでもにやけてた。
「……頑張るで、俺。もうちょっとじゃなくて、ちゃんと頑張ってみる」
「お、おう。ええけど、チャリは安全運転でな」
「……でもさ、俺って具体的に何したらええんやろ?」
「え?」
「好きな人振り向かせるために。俺、何から始めたらええん?」
涼は「マジか……」って顔をしてから、ポケットからスマホを取り出した。
「うーん、ちょい待ち……今、調べる」
「調べる!?」
「調べるわ。俺、こう見えて検索得意やねん。ほら……」
スマホを片手に、リョウがぶつぶつ読み上げていく。
「『男子高校生 垢抜け方』……うん、これはまあ大事やな」
「『初恋 実らせる方法』……あるんやなこんなん……」
「『好きな人 振り向かせる方法』……いや、めっちゃ必死やな、お前」
「それ言うなら、調べとるお前もやろ!」
「ははっ、確かに」
涼はケタケタ笑いながら、スマホをそらに向けて見せた。
「“まずは清潔感と挨拶から”って書いてあるで」
「……はじめの一歩、めっちゃ地味!!」
そらが叫ぶと、涼がスマホをいじりながら、さらっと言うた。
「ほな、とりあえず次の休みに散髪屋行こか。
そのボサボサ、ちょっとどないかした方がええと思うで?」
「……え? これってボサボサなん?」
そらが頭に手をやる。
「……おしゃれのつもりやってんけど……」
「いやいや、そらくん?」
涼がスマホから目を離し、真顔で言った。
「ボサボサと“無造作ヘア”は、紙一重なんよ。
そらのそれは……ただのボサボサ。THE・寝起きって感じやで」
「……っ!」
「なんか色気づいて髪の毛伸ばし始めたんか知らんけどな、
お前にはお前に似合う髪型があるやろ? その方向性はちょっとどうかと思うわ」
「……うわ……」
そらはがくんと肩を落とした。
「……俺、おしゃれやと思っとったのに……ボサボサやったんか……」
「ははは、ええやん別に。失敗して気づくこともあるやん。
で、バイト入ったら、服も買いに行こ。俺がつきおうたるわ」
「……」
涼がにかっと笑う。
「一緒にお付き合いしますぜ、色ボケそらくん!」
「……ありがとう」
そらは、しばらく黙ってから、ぽつりと言った。
でも、そらはすぐにいつもの調子で続けた。
「……せやけどな」
「ん?」
「万年スポーツ刈りで、部活のジャージしか着てへんお前に、
おしゃれ語られたないねん。クソがっ!!」
「うわあ! 急に毒吐いた!!」
「うっさい、おまえこそ鏡見てから出直してこいや」
「はーーーん、俺のどこが悪いん!? ナチュラルイケメンやろ!」
「自分で言うやつが一番ダサいねん!!」
街灯がぽつぽつと灯って、アスファルトに長い影を落とす。
虫の声だけが、風のすきまを縫うように響いていた。
さっきも通ったはずの道。
でも今は、どこか違って見えた。
さっきまで重たかった胸が、少しだけ軽くなって、
風がやわらかく頬を撫でていて……。
ダサいママチャリが、夜の道を笑い声とともに駆け抜けていく。
遠くの空が、ほんの少しだけ広く見えた。
ともだちにシェアしよう!

