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第16話 ブランコとチョコパイとラムネ
その沈黙をふわりと破るように、啓太朗が言った。
「……ほんと、そらくんは素直で、まっすぐで、キラキラしてるね」
「なんか……俺とは大違いやなぁ」
その声は、少し照れくさそうで、でもどこかしみじみしていた。
そらは目を丸くして、すぐに首をぶんぶんと横に振る。
「いやいや!俺からしたら、けいたろうさんの方がキラキラしてますよ?
そりゃもう……夜景みたいに。キラッキラっす」
「……夜景みたいに?」
啓太朗が少し吹き出しそうに笑って、小さくうなずいた。
「そんなキラキラしてるように見えるんや。……そっか」
少し間を置いてから、ふと思いついたように尋ねる。
「……そらくんってさ、モテるんじゃない?学校で。
かっこいいし、明るいし、優しいし……。実際、モテるでしょ?」
「え!?いや、全然っすよ、マジで」
そらは慌てて手をぶんぶん振る。
「てか……絶対、涼のせいでもあるんすよね」
「アイツと一緒にいると、バカがうつってくるというか……同類に見られてる気がして……」
「ふふ、それは……なんとなくわかるかも」
啓太朗がくすっと笑ったあと、ふわりとした声でつぶやく。
「でも、二人のコンビ……俺は好きやけどな」
それを聞いたそらは、ちょっとだけ照れたように黙り込んだ。
そして、その沈黙の中で——
「……なんか、こんなこと聞くの、あれなんやけどさ……」
啓太朗が、ふとそらに目を向ける。
「……何が、そんな良かったの?俺のこと。
別にそんな……好きになってもらえるようなこと、した覚えないんやけど」
その問いに、そらは一瞬ぽかんとしてから、目をぱちくりさせた。
「え?……な、なんだろう……」
不意に、胸の奥からこみ上げてくる気持ちがあった。
「……もう、なんか初めて見たときから、ヤバかったっす」
「ははっ。ヤバかったって、どんな?」
啓太朗が、少しだけ笑いながら聞いてくる。
そらは思わず視線を泳がせて、口元に手を当てたままうーんと唸る。
「いやー、まず……第一印象っすよね」
手元をいじりながら、ぽつりぽつりと言葉を並べていく。
「なんか、控え室で初めて見たとき……
『うわ、めっちゃ大人』って思ったのと、
あとは……『めっちゃ都会の人やん!』って思ったんすよね」
そう言って、小さく笑ってから、ちらりと啓太朗を見た。
「……こんなこと言ったら、みんなにどつかれそうっすけど、
ここの先輩たちも、まぁ、先輩なんですけど、
やっぱちょっとこう……田舎くさいっていうか、
あか抜けてないっていうか……
いや、俺が言うのもどうかしてるんすけどね!?
俺もめっちゃ地元感丸出しやし!」
笑いながらぶんぶん手を振って、そらは続けた。
「でもなんか、啓太朗さんだけは……
すごい洗練されて見えたんすよ。
言葉の使い方、あってんのか微妙っすけど」
「そっから……なんかもう、目ぇ離せなくなって。
いつの間にか、めっちゃ好きになってました」
ぽつり、と落ちたその言葉は、いつもよりずっと静かで、真っ直ぐだった。
「語彙力なくてすいません……
でも、でも、なんかうまく説明できないっすけど、
とりあえず、こんな気持ちは……初めてなんすよ……」
言い終えてから、そらは顔を両手で覆って、ふるふると震えだした。
「うわー、はずー……こんなこと言って……
めっちゃ恥ずいやん、やばー……!
自分の恥ずかしさに耐えられへんわ……」
そらが両手で顔を覆って、うずくまっているのを、
啓太朗は静かに見つめていた。
そして、そっと右手を伸ばして——
そらの右手をやさしく剥がす。
「……え?」
驚いたそらは、左手も少し外れた。
すると、真っ赤に染まった顔があらわになる。
啓太朗はそのまま、握っていた右手をキュッと軽く握り返して、
もう片方の手で、そらの前髪をすこし持ち上げるようにして、おでこをそっと触れた。
「……ほんま、かわいいなー」
その一言を、やわらかく、でも確かに落とすように口にしたあとで、
啓太朗は、すっと手を離して立ち上がる。
「ようこそ〜〜!お化け屋敷へ〜!」
切り替えるように、いつもの明るい声色で、
目の前に現れたお客さんたちへと笑顔を向けた。
その一連の流れに、そらは、ただただ――固まるしかなかった。
心臓はどくどく鳴りっぱなしで、顔の火照りは一向にひかない。
頭は真っ白。
もはや、人間機能停止中だ。
そんなフリーズ状態のそらを横目に、啓太朗の声が飛ぶ。
「そら、ほら。チケットちぎってあげて」
「あ、はいっ……!」
無意識のまま立ち上がって、チケットを受け取る。
「お、お化け屋敷へようこそ……」
口から反射的に出た言葉は、完全にロボの声。
そのあとも、お客さんがひっきりなしにやってきて、
とてもじゃないけど、さっきの出来事について考える暇なんてなかった。
そして、ようやく――昼休憩。
「黒川さん、先、お昼どうぞー」
交代に来たバイトの子にそう声をかけられ、
啓太朗は軽く「ありがとう」と返し、控え室へ戻っていった。
代わりに座ったのは、いつも明るいバイトの先輩。
「そら、お疲れー」
「……はぁぁあ~~~~~~っ……」
突然の超特大ため息に、先輩がギョッとする。
「えっ、どしたん? そら、なんかあったん?」
そらは、遠くの空を見つめながらぼそりとつぶやいた。
「……魔性の女に振り回されずに平常心でおる方法って、ないっすか?」
「……はあ!? なにそれ!?!?」
先輩の困惑した声が、静かな館内に妙に響いた。
ソラの問いかけに、先輩は腕を組んで「うーん」とうなった。
「俺やったらなぁ……」
唐突にドヤ顔を作る。
「俺がギャルゲーの主人公になった気分で行くわ」
「……は?」
「せやからな? 例えばやけどやで、本命の子に振り回されそうになっても『おいそんな態度でええんか? 俺には他にもいっぱいおるんやぞ?』って、心の中で言うねん」
「……はぁ……」
「で、『お前なんか選択肢の一つやからな? そっちがその気なら他のルート行くだけやからな?』みたいな、鋼メンタルで挑むんや。要は、恋もゲーム感覚でな!」
笑顔でアホなアドバイスをしてくる先輩に、ソラは静かに震えた。
——もう、あかん。この人は頼りにならん……。
「どうしよ……」とソラは、心の中でしょんぼりうなだれた。
ひきりなしにお客さんをさばいていたそらの前に、今度は別の先輩がひょこっと顔を出した。
「おつかれ、そら。交代するわ。休憩行ってきぃ」
先輩の手には、細長い瓶をのラムネのボトル。
「はい、これ。差し入れ」
「えっ、いいんすか?ありがとうございます!」
そらがぺこっと頭を下げると、先輩はふっと笑って言った。
「それ、黒川さんからやで。みんなに、やって」
……。
「……あ、あぁぁ……」
そらはラムネのボトルをぎゅっと握りしめたまま、何も言えなくなった。
“好き”って、別に言ってない。けど……
なんで俺の好物、知ってるん?
ちょっとレトロで懐かしい感じのやつ。
(そんなん、ずるいやん……)
ラムネのボトルを持ったまま、そらは後ろを向いて小走りでその場を去った。
「も、もうあかん……!」
胸がぎゅっとなって、どうしようもなくなってくる。
「……す、好きすぎる……っ」
顔を真っ赤にしながら、ビー玉のはまったラムネをぎゅうっと握りしめて、控え室へと向かっていった。
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