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第18話 恋の重さを知った日

涼が立ち上がって、ドアの方へ歩きかけたそのとき。 「──おい、これ」 ぱし、とそらの膝の上に何かが投げられた。 「このTシャツの上に、このシャツ羽織って、んで下はこのパンツ履いとけ。そしたらバランス取れて、オシャレに見えるやろ」 「えっ……」 「ほれ、時間かかりすぎ。じゃあな」 そう言って、涼は手をひらひらさせながら部屋を出ていった。 そらは呆気に取られて、手元の服を見つめた。 ──なんやねん、あいつ……。 つぶやきながら、言われた通りに並べてみる。 白のTシャツに、青のストライプシャツ。下は黒のテーパードパンツ。 シンプルなのに、ちゃんとおしゃれに見える。 ていうか、今まで自分が悩んでた雑誌のどのコーデより、なんか……しっくりくる。 そらは立ち上がって、部屋のドアをそっと開けた。 「──涼!」 廊下を歩いていた背中が、少しだけ振り向く。 「……ありがとな」 涼は、「はぁ?」とだけ返した。 「……さっきの話、本人から聞いたわけちゃうし、俺……聞かへんかったことにするわ。でも、教えてくれて……ありがとな」 その言葉に、両方はちょっとだけ目を細めて、 「……そらはほんま、真っ直ぐすぎやで」とだけ言って、背を向けた。 そのまま、手も振らずに階段を降りていく後ろ姿。 ──なんやねん、もう。 そらは小さく笑いながら、ドアを閉めた。 部屋に戻って、さっきのコーディネートを丁寧に畳む。 (……めっちゃオシャレやん……このコーディネート……あいつ、何もんなん?)  そらは鏡の前に立って、髪をちょっと整えてみたり、スキンケアをいつもより丁寧にしてみたり。 ほんの少しでも、“見てもらいたい”って気持ちが、いつもより大きくなっている。 「……ぐだぐだ考えてもしゃーないし、とりあえず、明日に備えよ」 スマホのアラームをセットして、ベッドにもぐりこむ。 胸の奥が、まだ少しだけそわそわしてたけど── 明日は、会える。 それだけで、なんとなく眠れそうな気がした。 ──朝からずっと、心臓がうるさい。 バイト先に着いても、なんとなくソワソワして、涼に 「落ち着け」って言われる始末。 「大丈夫やって、とりあえずバイトやろ?いつも通りやん」 そう言われても、今日が“いつも”と違うのは、自分がいちばんわかってる。 ──今日、このあと、ふたりでご飯に行く。 バイト中は、啓太朗はプールエリア、そらはお化け屋敷担当。 それでも頭の中はずっと、そのことでいっぱいだった。 「はい、おつかれ〜」 先輩に声をかけられて、ようやく現実に戻ったのは、 夕方の着替えのとき。仕事が終わると、また胸の鼓動が早くなる。 スタッフTシャツから着替えて、言われたとおりのコーディネートに袖を通す。 鏡を見ると、なんだか少しだけ、いつもより大人っぽく見えた。 ──涼、ほんま何者?? そう思いながら、駐車場へ向かう。 「あっ……」 もうそこに、啓太朗の車が止まっていた。 窓越しに手を振ると、軽く顎で合図される。 「行こか」 助手席に乗り込むと、ふわっとシトラスの香りがした。 いつもと同じ香りなのに、今日はやけに近く感じる。 エンジンの音とともに、車がゆっくりと動き出した。 「今日さ、俺の友達がカフェで修行しとってさ。そこの飯、けっこう美味いんよ」 「へえ、修行って……お店やってるってことっすか?」 「いや、まだ社員じゃなくて、バイト扱いらしいけど。コーヒーとか、めっちゃこだわってる。……もし行きたいとこなかったら、そこ行こうかと思ってて」 「えっ、めっちゃ行きたいっす。全然、そこがいいです」 そう答えると、啓太朗は少し笑って、ウィンカーを出した。 夕暮れの道を抜けて、街の中心部へ向かっていく。 そして、着いた場所は…… 「……うわっ……」 思わず、小さく声が漏れた。 そこは、通り沿いにある、ガラス張りのカフェだった。 白い壁と木のフレーム、あたたかいライトが優しく街を照らしてる。 そこは、通り沿いにひっそりと佇む、ガラス張りのカフェだった。 外には木のフレームで囲われた小さなテラスがあって、 上から吊るされたエジソン電球みたいなあたたかいライトが、優しく街を照らしている。 白壁と木目が基調のファサードは、どこか北欧っぽい雰囲気で、 そこだけ時間の流れが違うような、落ち着いた空気が漂っていた。 でも──中に入って、さらに驚いた。 「……うわぁ……」 店内は、想像してた“カフェ”の何倍も、大人びてた。 ダークブラウンの革張りのソファ。 スチールと木を組み合わせた、重厚感のあるテーブル。 黒いアイアンの照明が、天井からぽつぽつと下がっていて、 それぞれがほんのりと、席の真上だけをやわらかく照らしている。 奥のカウンターには、スーツ姿の男の人がバーテンダーみたいな動きでグラスを拭いていて、 壁際の棚には、ワインボトルやウイスキーの瓶がずらりと並んでいた。 カフェとバー、どっちにもなれる空間── たぶん、ほんまに“本物の大人”しか来ない場所。 「……なにここ……おしゃれすぎる……」 ぽつりと呟いたそらに、啓太朗は軽く笑って言った。 「夜はバーとしてもやってるらしい。まあ、未成年は無理やけどな」 「いや、いやいや……!こんなお店、見たことないです……!大人すぎてやばい……」 そらは圧倒されたまま、少し背筋を伸ばして、足をそっと踏み入れた。 ──田舎じゃ、絶対に出会えへん空気。 そんな場所に、今、自分は“啓太朗さんに連れてきてもらってる”。 それがただ、それだけで嬉しかった。

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