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第21話 約束を残して、夏は遠ざかる

 次の日も、バイトは普通にあった。 そして、よりにもよって── その日の担当は、そらも啓太朗も「お化け屋敷」。 気まずさMAXの状況だったけど、 そらはもうそんなの気にする余裕もなかった。 朝、鏡を見て「終わった」と思った。 目は腫れぼったくて、まぶたがパンパンに重い。 顔もむくんで、普段より明らかに輪郭がぼやけて見えた。 着替えて、荷物を持って、靴を履く。 家のドアを開けた瞬間── 朝の光が、痛いくらいに眩しかった。 空気は澄んでて、空は晴れてて、蝉の声が響いていた。 それなのに、胸の奥は、ぽっかりと空っぽだった。 「……はぁ……」 重い腰を上げて、そらはゆっくりと自転車をこぎ出す。 坂を下って、駅までの道を淡々と走る。 そして、駅前に着くと、 いつもと変わらない派手なバスが目に入った。 正面にドンと虎の顔が描かれていて、 誰が見てもすぐにわかる、“サンサンパーク行き”の送迎バス。 普段なら、それを見るだけで気持ちがちょっと明るくなった。 なんなら「今日もがんばろ」って思えたのに── 今日は違った。 車体の派手さも、音楽も、 全部が、ただただしんどかった。 乗り込む足が重くて、 座席に座ってからは、窓の外を見るふりをして、 ずっとうつむいていた。 控え室に入るなり、周りからすぐに言われた。 「うわ、そらくん……めっちゃ目腫れてるやん」 「昨日泣いた?どしたん?え?なんかあった?」 「え、やっぱりそう思います? いや、あの……」 そらは一瞬だけ言葉を詰まらせてから、 苦し紛れに笑って、こう言った。 「昨日っすよ。夜中に、めっちゃ感動する映画見てもたんすよ。 それで号泣してもうて……」 「えー何の映画?そんなに?」 「いや、もうあかんかったっす……泣きすぎて寝れんくなって……  この顔のまま朝迎えてもーて、カオスっす……マジで……」 無理に明るく笑って言ったけど、 声も、顔も、無理があった。 笑ってるはずなのに、どこか痛々しくて。 本気で笑えてないことが、逆にバレてしまいそうで。 「……そら、大丈夫なん?」 「全然!!大丈夫っす。心配かけてすんません!」 みんなはなんとなくそれ以上は聞かず、 ぞろぞろと自分の持ち場へ向かっていった。 控え室には、少しだけ静けさが戻る。 そらと涼が残り、 奥のロッカーの前には、ちょうど出勤したばかりの啓太朗の姿があった。 スタッフTシャツを着ながら、鏡の前で軽く前髪を整えている。 ──その空気に、涼が唐突に立ち上がった。 「あの、黒川さん」 珍しく、感情を抑えきれない声だった。 「いいっすか。ちょっと」 空が驚いて顔を向けたとき、 涼の目はまっすぐ啓太朗を見ていた。

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