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第25話 約束を残して、夏は遠ざかる
啓太朗が、夜景から目をそらし、静かにそらの方を向いた。
「……そら」
その声は、どこか決意を含んでいて、けれど同時に震えてもいた。
「今から……めっちゃ、自分勝手なこと言うから」
言いながら、彼は少しうつむいて、拳をぎゅっと握る。
「……そらは、無視してもらっても大丈夫。
……ほんまに、聞き流してくれてかまへん」
風がそっと吹き抜ける。ふたりの間にある空気が、ほんの少しだけ緊張する。
「でも……できたら、聞いててほしい」
その目は真っ直ぐに、そらを見ていた。
しばらく沈黙のあと、啓太朗はゆっくりと口を開いた。
「……そら」
夜の風が、ふたりの間をゆっくり吹き抜ける。
「……俺のこと、好きになってくれて……ありがとう」
言葉は短くて、でも重かった。啓太朗の声がほんの少し震えている。
「ほんま……めっちゃ嬉しかった。今でも、ほんまに……」
その目は景色を見てるようで、何も見ていないようだった。
「……そらが、好きって言ってくれたこと。
俺、一生忘れへんと思う。それくらい、嬉しかった」
けれど、次の言葉は、少しだけ間を置いて。
「でもな……今はごめん。……そらとは、付き合えへん」
すぐに続けて、「ほんま、ごめんな」
その言葉の奥に、どれだけの迷いと葛藤があったか、そらにはもうわかっていた。
「……でも、もし」
また夜の風が吹く。ひときわ静かな一瞬。
「……もし、来年の夏。俺が、またここに戻ってきたとき、
その時、そらがまだ、俺のことを好きでおってくれたら」
啓太朗の声が、わずかに震えた。
「……そのときは、俺からそらに告白する。
そらと付き合いたいって、ちゃんと言う」
「……いや、ほんまに、勝手なこと言っとるのは、わかっとる。
でも、今の俺じゃ、無理なんや。
ちゃんと理由がある。……でも、それは言い訳やから、言わへん。
そらのこと、縛るつもりもない。
全然、諦めてくれてええし、次の恋に進んでくれてもええ」
「でも……もし、奇跡みたいなことが起きて、
来年の夏、そらがまだ俺のこと……好きでいてくれたら……」
「そんときは、俺の方から、ちゃんと気持ち伝える」
啓太朗は、静かに笑った。けれどそれは、寂しさを隠すための笑みだった。
「……ほんま、意味わからんよな。マジで……ごめん」
沈黙。
でも、そらはその沈黙の中で、何度も唇を噛んでいた。
そして、泣きながら、絞り出すように声を震わせた。
「……やっぱり、ずるいっすよ…………」
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