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第27話 旅立ちの夜に
そう言って、涼はコップのコーラを一気に飲み干した。
「ほな、俺が一丁お膳立てしたるから……まあ、見とけ」
そう宣言すると、次の瞬間、涼が思いっきり俺にのしかかってきた。
「……は? お、おい、なに——」
「……そら、なんか頭痛なってきた。ちょっと俺しんどいわ」
わざとらしく眉間を押さえながら、涼は俺の肩に寄りかかる。
「今からチャリで送ってくれへん? ニケツで……そのままそらんち泊まろかな。どうせ明日も一緒やろ。部屋、泊めてやー」
「はっ……な、な、なんやねんお前、いきなり!」
慌てふためく俺に、涼が小声で囁く。
「ええから……話、合わせろ」
「……は?」と返す間もなく、涼が腰に腕をぎゅっと回してくる。
「なあ、もうそら、帰ろう。先行こ」
すると、すぐ横から啓太朗の声。
「涼くん、しんどいんやったら……俺が送ったろか?」
「いやいやいや、結構ですー。そらに送ってもらうー」
涼はさらに体をずらして、ほぼ寝転んだ格好で俺の腰にしがみつく。
周りの先輩たちが「おいおい」「何やってんねん」と笑い出し、注文を追加しはじめた。
そこへ、バイト先の女性スタッフが顔を出して、「うちが送って行くわ。ほら、未成年は解散ー!」と手を叩く。
涼は小声で、……作戦、成立。と言った。
「先輩!なんか、そらはコンビニ寄りたいみたいなんすよ」
涼が急に声を張った。
「だから、そらは別で申し訳ないんやけど……黒川さん、送ったってもらえます?」
「はぁ? 何言——」と言いかけたその瞬間、啓太朗がすぐに口を挟む。
「いいよ。そらくんは俺が送る。ほな、行こう」
そのやり取りを見て、バイトのお姉さんが「じゃあ未成年のみんなは、そら以外うちが送るわ」と割って入る。
さらに、年上組の誰かが「はいはい、じゃあ未成年のぶんは年長者で割り勘なー」とまとめ、あっという間に「未成年解散」の流れが決まった。
お開きになり、居酒屋の外に出る。
夜風が少しだけ涼しい。
気まずい沈黙を抱えたまま、俺と啓太朗は並んで歩き、彼の車へ向かう。
助手席に乗り込みながら、ふと思わず口をついた。
「……啓太朗さん、飲み屋やのに車なんすね」
「仕事の帰りやし、一旦家に車置きに行くのもめんどかったからな。もう飲み始めたらあいつら止まらんやろ?そしたら絶対帰れんなる」
ちらりと俺を見て、口元を少しだけ緩める。
「……だから、これは戦略なんよ」
ハンドルを軽く回しながら、啓太朗がふっと笑う。
「今日で最後やったね」
不意に落ちたその言葉に、胸が少しだけきゅっとなる
。
「もうこれで、そらのゾンビ見れへんと思ったら……やっぱり寂しいなー」
「いやいや、俺今思ったんすけど」
わざと軽い声で返す。
「啓太朗さん、結局受付しかやってへんすよね? 全然ゾンビもおばけもしてないじゃないすか。ほんまに先輩ら、顔で啓太朗さん受付に置いて客引きしようとして……こすいっすわ」
「そんなことないと思うけどなあ」
少し首を傾けて、ちらりと横目で見てくる。
「おばけ屋敷の中は、今までやったことある子らばっかりやん。その方がええと思ったからちゃうの」
そんな他愛ない会話を続けているうちに、カーナビの地図がもう見慣れた道に差しかかる。
「……もうあと五分ぐらいで家着いてまうけど」
啓太朗が、ウィンカーに手をかけかけて、ふっと止める。
「ちょっとだけドライブせえへん? 別にどこ行くわけでもないけど、ふらふら車転がしといてええ?」
「全然……それは、もちろんっす」
夜の街灯が、車のフロントガラスをすべるように流れていく。
エンジンの低い音と、タイヤがアスファルトを踏む音が車内を満たしていた。
「そら、今日……門限は?」
啓太朗が、ハンドルから片手を離して、何気ない調子で聞いてくる。
「時間どんな感じ?」
「いや、今日も“打ち上げ”って言ってるんで、家は別に何時でも大丈夫っす。
明日、日曜やし」
「……そっか」
短く頷いたあと、少しだけ口角が上がる。
「じゃあ……星、見に行くか」
「……星、行くっすか? 星??」
思わず聞き返すと、啓太朗は軽く笑った。
「そう、星。えーと……
星はね、往復でざっくり一時間ちょっとは見とってほしいんやけど……別にいい?」
「全然大丈夫っす。行きましょう、星」
やり取りは、どこか無理やり明るくしているみたいで。
まるで、この後に待っている別れのことを、二人そろって必死に忘れようとしているようだった。
それでも今は、その明るさにすがるしかない。
窓の外、街の灯りが徐々に減って、山の方へと車が向かっていく。
舗装された細い道が続き、ところどころにガードレールが光を跳ね返していた。
「……啓太朗さんってさ、運転あんま好きじゃないって言ってたのに、
けっこういろんなとこ知ってるんすね」
そう言ってちらりと横顔を見ると、啓太朗は少しだけ笑って、前を見たまま答えた。
「いやー、自分で行くのはほとんど初めてやで。
……ただ隣に乗せてもらうのは結構あるけどな。
帰ってきた時に、地元の奴らがいろんなとこ連れてってくれるから」
「へぇ〜」
「兄貴もドライブ好きやったしな。だから知っとるだけやけど……」
少し間をおいて、ふっと声のトーンが優しくなる。
「でも。俺が、自分で誰か連れてきたのは……ぜんぶ、そらが初めてやで」
ドン、と何かが胸の奥で跳ねた気がした。
そんな言葉、反則やろ。
「……もうさぁ……
お別れって、わかってんのになんでそんな惚れさすんすか。
やめてくださいよ」
思わず、心の中で小さくすねる。
(またときめかされてる。この人は、ほんまにもう……)
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