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第31話 坂道とホームと、大好きの声

 外は、すっかり秋の空になっていた。  白い雲が高くて、日差しが少し和らいだ。  部屋の中では、そらと涼が並んで寝転んで、漫画を読みながらごろごろ転がっていた。  クーラーの風がゆるく揺れて、ページをめくる音と、時々笑う声だけが響いてる。  でも、どこか落ち着きのない様子で涼がふと口を開いた。 「なあ、そら……お前、ほんまに駅行かんでええんか? 新幹線。十時発のやつやろ? ど 今からぶっ飛ばしたら、ギリ間に合うんちゃうん?」  そらは、読んでた漫画をぽいっと顔の上にのせたまま、笑った。 「ええねん。ちゃんとお別れはしてきたから」 「でも──」 「それにな、俺、行ったら絶対どえらいことになる思うねん」  漫画をのけて、天井を見上げながらそらは続けた。 「たぶん俺、大号泣しながら新幹線乗り込んでまう。んで、気がついたら東京まで一緒に行ってもうて、向こうの改札で駅員さんに止められてるわ、絶対」  その想像をしただけで、自分で笑えてきたのか、そらはくすっと笑った。 「……そんな恥ずかしいこと、できひんし。おとなしくここにおる」  涼は、半分納得したような、でもモヤモヤが残るような顔で、手に持ってた漫画をパタンと閉じた。 「……まあ、それもええんやろうけど。でも、なんかな。 それでええんかって、思ってまうわ。俺は」  しばらく沈黙が流れて、それから、そらがぽつりと呟いた。 「……なあ、涼。俺、結局、合計四回も振られてんねん。やばない?」  「え?」と聞き返すより早く、そらは続ける。 「中の二回目と三回目なんか、俺、なんも言ってないのにやで? なんか知らんけど、もう振られた感じになってて、終わっとった。告白すらしてへんのにやで? 意味わからんやろ」  涼が顔をしかめる。 「……うん、まあ、やばいかやばくないかで言ったら、やばいな」  そらが、ふっと笑った。 「やろ? やばいやろ。  でもな、なんで俺がここまで食い下がらんかったんか、ちょっと考えてみたんよ。  俺って結構さ、切り替え早いほうやん? 今までやったら、たぶん一回目で諦めてた。  けど、今回はちゃうかったやん?」  目を閉じたまま、言葉を選ぶように、そらはゆっくりと続けた。 「勘違いやったら、それでもええって思った。 俺のうぬぼれやったら、それはそれでええんやけど……  でもな……なんか知らんけど、前に涼が言ってくれたみたいに、 俺、絶対あの人に、思われとる気がすんねん」  涼が黙ったまま、そらの横顔を見ている。 「がっつり振られてんねんで? 何回も。  でも、なんか……わからんけどな、  俺、あの人と、付き合う気がするんよ」  涼が、突然。特大のため息をついた。 「はぁ~~……ほんま、なんなん、お前ら」  そらがきょとんと顔を向ける。 「……は?」 「いやもう、なんなんそのめんどくさい関係。 ほんま、ややこしいわ。見とるこっちがしんどなるわ」  そうぼやきながら、涼はカバンをゴソゴソと探り出した。  何かを探してるような動き。そらが怪訝な顔をする。 「……なにしてんの?」 「はいはい、出ました~」  そう言って、涼が取り出したのは、小さな四角い箱だった。 「……え、なにこれ?」  涼はそれをぽんっと、そらの胸の上に放り投げる。  そらが慌てて手で受け止め、中身を見て、目を見開いた。  香水だった。  あの、ほんのり柑橘の香りがする、啓太朗の匂いと同じやつ。 「……え?」  そらの問いかけに、涼は肩をすくめて言った。 「それ、きのう、黒川さんから預かった。  “そらに渡しといて”って。……はぁ~~、なんなんお前ら」  涼はもう一度、心底めんどくさそうに頭をかきながら続ける。 「普通に会えるやん。直接渡せばええやん。  なんでわざわざ俺経由すんねん。……ほんま、まわりくどいわ」

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