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第33話 坂道とホームと、大好きの声
全速力で坂道を駆け下りた先、ちょうどバス停のあたりに、白と青のバスが見えた。
「うわっ、やべー!!あれや!!」
そらが叫ぶ。
「絶対あれや! あれが乗らなあかんやつや!!」
坂道なのに、ペダルを踏む足がさらに加速する。
重力も味方にして、スピードが一気に上がる。
バス停には、当然ながら自転車置き場なんてない。
でも、そんなもん気にしてる余裕なんてあるわけがなかった。
「いけえええええぇぇっ!!」
二人とも、チャリをそのへんの植え込みの前にバッシャーンと放り投げて、
その勢いのままバスに飛び乗る。
車内はがらがら。
エアコンの効いた空間に、汗だくで乗り込んだふたりの息遣いだけが響いた。
「……はぁ、はぁ……間に合ったな……」
涼が座席に沈み込みながら、息を切らしてつぶやく。
「死ぬか思た……マジで……」
「いや、なんか……ほんまごめん。勢いで来てもうた……」
そらもとなりに座って、額の汗をぬぐう。
「ええって、ことよ。しゃーないしゃーない。
青春って、こういうやつやろ」
車窓の外を眺めながら、涼がぽつりと言った。
「新幹線のとこまでは、あと二十分ぐらいやな。すぐや。
……で、お前さ。黒川さん、どこらへんの車両に乗るとか、
どこのホームとか、知っとるん?」
「は? 知るわけないやん。そんなもん」
「……」
涼の口が、ぽかーんと開いたまま、しばらく固まった。
「……お前なぁ。新幹線って、めっちゃ長いんやぞ!? 知らんのか!?」
「知っとるけど……でも、言うてそんな広ないやろ?」
「端っこと端っこやったら、もう絶対会えへんで!?
ホームなんか人ごった返しやぞ!?
どこおるかわからんかったら詰みやぞ!?」
そらは、どこ吹く風でフンっと鼻を鳴らす。
「そんなこと言うたって、しゃーないやん。
もうすぐ着くんやし。勢いで探すしかないやろ!」
「……はぁ~~……もうほんま、行き当たりばったりやなお前は……」
涼は呆れたように言いながらも、どこか楽しそうだった。
バスが新幹線の駅に着くと、そらと涼は、迷うことなく出口から飛び出した。
「目の前、階段や!いける、ここや!」
二人はそのまま、地面を蹴るようにして階段を駆け上がった。
ぜぇぜぇと息を切らしながら改札口にたどり着き、すぐさま入場券を二枚買う。
「東京行き、どこや!?表示板、表示板……!」
「あった!六番ホームや!!」
そらが叫ぶ。
「エスカレーターもあるけど、絶対階段の方が早い!
おい、リョウ、階段行くぞ!!」
「えぇぇ!? マジかよ……!」
文句を言いながらも、涼はそらのあとを全力で追いかける。
二人はまたしても全速力で、今度はホームへと駆け上がった。
そして――
「……いた……!!」
六番ホームの奥、乗車口の前に、サンサンパークのバイトメンバーたちが並んでいた。
あの夏、何度も一緒に働いた顔ぶれ。
その中でひときわ目立つ後ろ姿。
啓太朗だった。
黒のトートバッグをかけて、スーツケースを持っている。
新幹線を前に、最後の挨拶を交わしているところだった。
「はっ……はっ……! 啓太朗さん!!」
そらが叫んだ。
その声が届いたのとほぼ同時に――
新幹線の発車ベルが鳴った。
ピンポンピンポン……と構内に響くあの音。
車両のドアが開いたまま、最後の警告のように響いている。
啓太朗が振り向いた。
目を見開く。
でも、そのまま――振り返って、静かに乗り込んだ。
「啓太朗さん!!」
そらは、胸の奥から声を絞り出すように、叫んだ。
「大好きいいいいいいいぃ!!!!!
いってらっしゃい!!!!」
その声は、構内アナウンスにも、発車ベルにも負けなかった。
ホームにいた誰もが振り向くほどの、大きな声。
そして、閉まるドアの向こう――
啓太朗の顔が、明らかに照れて真っ赤になっているのが、ドア越しにもわかる。
目を合わせないように、下を向いて小さくうなずいたその仕草が、すべてを物語っていた。
カチャン――と音を立てて、ドアが閉まり、
ゆっくりと新幹線が動き出す。
そのまま、啓太朗を乗せた車両が視界から遠ざかっていった。
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