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第39話 春のおわり、夏のはじまり

 その瞬間、そらは考えるよりも先に――啓太朗の胸に飛び込んでいた。 「……好き。大好き。ずっと待っとったよぉ……」  声は涙で震えて、言葉の合間に嗚咽が混じる。  啓太朗は驚く間もなく、ぎゅっと強く抱きしめ返した。 「……俺、ずっと会いたかった。ずっと待っとった。めっちゃ嬉しい」 「……うん、俺もやっと言えて嬉しい。ほんまに、めっちゃ待たせた。ごめんな」  腕の力が、さらに強くなる。 「なんも聞かずに……待ってくれてありがとう。……ほんまに、そら、大好き」  二人の思いが、ようやく――やっと重なった。  啓太朗に包まれながら、そらはその胸の奥から響く音を聞く。  どくん、どくん――。  それは、自分の胸と同じリズムだった。 「……啓太朗さんも、ドキドキしてるんですか」  おそるおそる問うと、彼は少し息を弾ませながら笑った。 「当たり前やろ?……どんだけ怖かったか。  もうそらが次の恋に行っとるかもしれへん、 俺のことなんて眼中になかったらどうしようって……ずっと不安やった」  その声が、少し震えているのに気づく。 「……だから、今めっちゃ嬉しいし、正直……めちゃくちゃホッとしとるよ」   二人はしばらく、言葉もなく静かに抱きしめ合っていた。  今までの中で、いちばん長く――そして近く、触れ合っている。  肌と肌が重なった部分は、じんわりと熱を帯びていて、  意識すればするほど鼓動が速くなる。  少し気恥ずかしいのに、それ以上に離れたくなかった。  相変わらず啓太朗さんからは、ふっとシトラスのいい香りがする。  胸の奥で、ドキドキと安心が同時に広がっていく。  ――やっと、やっと俺のもんになった。  ずっと、ずっと思い焦がれとったことが、現実になった。  啓太朗さんの彼氏になりたい。  その気持ちだけで、この離れている間、踏ん張ってきた。  それが今、叶った。  胸の奥がじんわりと温まって、また新しい熱が広がっていく。  そのとき、啓太朗が少しだけ体を離した。  まっすぐに、そらだけを見つめる。  その瞳は、めちゃくちゃ愛おしそうで――息が詰まるほどだった。 「そら……キスしていい?」  耳の奥まで熱くなる。 「……はい。してください。いっぱい。  もう、公式に、彼氏なんで……」  ちょっと照れながらも、はっきりと答えた。   啓太朗の目が、やわらかく細められた。 次の瞬間、そっとそらの頬に触れる指先。熱を帯びた掌が、耳のすぐ下を包み込む。 「……いっぱい、ね」 低く落ちた声が、そらの奥まで響く。 それからは、もう止まらなかった。 浅く触れては離れ、また深く重なる。 啓太朗の息が熱を帯びて、唇の合間に落ちる囁きが、そらの理性をほどいていく。 「……ずっと、こうしたかった」 低く、かすれた声。耳の奥で弾けるように響く。 そらはされるがまま、必死に息を整えようとするけれど、 触れるたびに全身が溶けていくみたいだった。 時間の感覚がなくなるほどに、何度も、何度も、唇を重ねた。 そらの願いどおり、いっぱい。 鼓動と吐息が絡まり合って、二人の世界は、もう他には何もいらなかった。  啓太朗の唇が、ふっと離れては、またすぐに触れる。  最初よりも深く、熱を帯びた動き。  そらの背中にまわった手が、ゆっくりと腰のあたりをなぞる。  その指先は、服越しでもはっきりと感じられるほど熱くて――  一瞬、体がびくりと震えた。  これまでにない距離感に、戸惑いと嬉しさが同時にこみあげる。  息をつく間もなく、啓太朗がさらに近づいてきた。  触れ合う部分が増えるたびに、心臓が暴れるように跳ねる。  ――もっと、欲しい。  その衝動に突き動かされるように、そらは啓太朗の唇を軽く噛み、  そのまま、ためらいなく舌を差し入れた。  啓太朗がわずかに息を呑む。  次の瞬間、唇の奥で舌と舌が絡まり合い、熱が一気に深く溶け合っていった。  さっきよりも、もっと深く――もっと熱く。  そらは無意識のまま、啓太朗の首に腕を回し、ぎゅうっと強く抱きしめた。  離れたくない。その思いが、力になって伝わっていく。  唇がわずかに離れた瞬間、すかさず「……もう一回」と、甘えるように口を開く。  啓太朗が応えると、また熱が広がる。  ぎこちなく息を継ぎながら、 時々小さく漏れるあえぎが、二人の鼓動をさらに速めた。 「……啓太朗さん……キス……気持ちいい……」  熱に溶けたような声が、啓太朗の耳に落ちる。  その瞬間、彼の指先がぴくりと止まり、わずかに息が乱れた。 「……そら……待って」  低く、抑えた声。  肩に添えられた手が、そっとそらを引き離す。

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