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第40話 春のおわり、夏のはじまり

 啓太朗は視線を落とし、深く息を整えていた。  肩がわずかに上下し、なんとか理性を繋ぎとめているのが伝わってくる。  ――本当に、ギリギリ。  対するそらの顔は、とろんと溶けたまま。  「……なんで止めるんですか?」と、無言で訴えてくるような瞳で見上げている。  啓太朗はその視線から逃げるように、少し顔を背けた。 「……もう、それ以上言わんといて。マジで。俺…… これ以上、みっともない男になりたくない」  そらは小首をかしげ、熱の残る声で問う。 「……なんで?どこが、みっともないんですか?」  啓太朗は、ためらいがちに言葉をつなぐ。 「……そらに一年も待たせて、そのうえ今、 こんなカラオケボックスで告白することになって……」 「本当は……もっと雪響山とか、いろいろ……今までの思い出の場所で言いたかった。  ちゃんと雰囲気作って、かっこよく……そういう告白、したかった……」  息を吐くたび、少しずつ悔しさが混ざる。 「……でも、そらに会いたいって思ったら……我慢できんかった。 実家にも今日帰ってんの言ってないから、車も取りに行けへん。  駅の近くの、こんなカラオケボックスで……  いい雰囲気もクソもないまま、勢いで告白して……」  そして、苦笑交じりに目を伏せる。 「……そのうえ、その勢いでやらしいことまでしようなんて…… これ以上、かっこ悪い男になりたくないねん……」  そらは一瞬きょとんとした表情になったが、 すぐにふっと笑みをこぼし、そのまま啓太朗の胸にすっと抱きついた。 「……そ、そら……話、聞いとったん?」  頭の上から戸惑い混じりの声が落ちてくる。  そらは顔を上げて、にこっと笑った。 「聞いてましたよ、ちゃんと。……啓太朗さんの、ちょっとダサいところ」  くすっと笑いをこぼし、啓太朗の胸に額を軽く押しつける。 「でも俺、そんなちょっとダサい啓太朗さんも大好きやから。……気にしません」  それから、少しだけ瞳を細めた。 「でも、啓太朗さんが気にするって言うんやったら……今日はこの先はやめときます」  そして、囁くように続ける。 「……でも、俺も高校生男子っすよ。エロいことばっか考えてますから。  ちゃんと、そこんとこ分かっとってくださいよ」  ふっと口角を上げ、いたずらっ子のような笑顔を浮かべる。 「……だから、今日はキスだけ。キスだけやったら、ええやろ?」  そう言って、上目遣いでじっと啓太朗を見上げた。  その目は、どうしようもなく甘くて――反則級にかわいかった。

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