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第45話 覚悟しといてな

 耳元で囁かれた瞬間、そらの体がピタリと固まった。  みるみるうちに頬が真っ赤に染まっていく。  胸の奥で、ドクン、ドクン――心臓がやたらとうるさい。  鼓動の音が、啓太朗にも聞こえてしまうんじゃないかと思うほど。  啓太朗はそんなそらをじっと見下ろし、口元を緩めた。 「……そら、顔まっか。……かわいい」  低い声が、さらに胸の鼓動を加速させる。  何か返そうとしても、言葉が出てこない。  啓太朗は、そんな様子を余裕たっぷりに眺めながら、静かに告げた。 「……わかっとるみたいで、よかった」  甘く低い声が、耳の奥で溶けるように響く。  その残響が、背筋をじわりと伝って降りてくる。    喉がきゅっと締まって、声が出ない。  さっきまで普通に話していたはずなのに…… 今のそらは、借りてきた猫みたいにおとなしい。 「……はい」  やっと絞り出した小さな声は、かすかに震えていた。  その瞬間、啓太朗がふっと笑い、そっとそらの頭を撫でる。  大きな手のひらから、じんわりとした温もりが広がっていく。  指先が髪をすくうたび、胸の鼓動がまた跳ねる。  ――六月二日、大阪。  その日を思うだけで、また心臓が暴れ出す。  落ち着ける気なんて、これっぽっちもなかった。  

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