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第46話 そして、夏は君と始まる
六月二日。
朝からスマホに届いた啓太朗さんのLIMEを、もう何度読み返しただろう。
「十時半の新幹線乗ったよ。そっち着くの十三時半ぐらい。
そらはオープンキャンパス楽しんで」
その文字だけで、胸がふわっと温かくなる。
そらはすでにオープンキャンパスの真っ最中。
説明会の会場は思った以上に広くて、人も多く、活気に満ちあふれていた。
真剣に話を聞く学生や、案内してくれる先輩たちの笑顔を見ていると、
自然と自分もこの場所に立っている未来が想像できる。
……ここ、いいな。ここに行きたい。
しかも、啓太朗さんの会社からも近いし――
ふっと頬が緩んだ瞬間、自分でハッとして首を振る。
いやいや、俺はちゃんと勉強しに来とるんや。不純な理由ちゃうし……たぶん。
説明もひと通り聞いて、校内を一周回ったところで、時計を見た。
――そろそろ駅、行こか。
人の流れに混ざって歩き出す。
久しぶりの都会、人の多さに少し圧倒されながらも、
胸の奥では「もうすぐ会える」という思いでいっぱいだった。
新大阪駅・新幹線の中央口。
到着したのは、待ち合わせの三十分前。
大きな案内板の下、行き交う人波の中で、
そらは改札の前に立っていた。
胸の鼓動も、時間が近づくたびに速くなっていく。
ただ待つだけ――のはずなのに、体のどこかがずっと落ち着かない。
なんとなく歩き回ってみたり、コンビニでお菓子を手に取っては戻したり。
スマホを開けば、既読をつけたまま何度も啓太朗さんのLIMEを読み返してしまう。
画面に浮かぶ、十三時半ぐらい」という数字を見るたび、胸の奥がぎゅっと熱くなる。
ベンチに座ろうとしても、すぐに立ち上がってしまう。
時計を確認して、「まだ二十分か……」とため息をつく。
そのくせ、また人の流れを追って駅周辺をうろうろ。
ふと、ショーウィンドウに映った自分の顔が、やたらニヤけているのに気づき、慌てて口を引き結んだ。
――やばい、完全に挙動不審やん、俺。
でも、どうしたって止められない。
会えるまでの一分一秒が、やたら長く感じる。
心臓はさっきからずっと、待ち合わせの瞬間を見越して準備運動してるみたいに暴れっぱなしだった。
そして、スマホが震えた。画面には、たった一行。
「もうすぐ着く」
その文字を見た瞬間、そらはベンチから勢いよく跳ね上がった。
「やばい……会える!」
思わずスマホを掲げて小さく声が漏れる。
次の瞬間、隣に座っていたスーツ姿のサラリーマンが、ちらりとこちらを見た。
無言のまま冷たい視線を浴びせられて、そらはハッと我に返る。
「……あ、すみません」
誰にともなく小声でつぶやき、慌てて姿勢を正す。
でも、胸の中の高鳴りだけは、どうしたって収まらなかった。
スマホを握りしめ、視線は時計と改札口の奥を行ったり来たり。
人の影が現れるたびに「……あ、違う」を繰り返す。
胸の奥では、ドクドクと鼓動が早鐘を打っていた。
あと何秒で会えるんやろ――そう考えるたび、足先までそわそわしてしまう。
……だから、気づかなかった。
少し奥の方。改札を抜けずに、腕を組んでこっちを見ている男がいることに。
落ち着きなく視線を泳がせるそらを、ゆっくりと目で追っている。
口元には、どうしようもなく優しい――でも少し意地悪そうな笑み。
啓太朗はわざと歩幅を落とし、すぐそこにいるのに焦らすように近づいてくる。
その気配に、ふっと顔を上げたそらの視界に、
あの笑顔が飛び込んできた。
「……!」
考えるより先に、体が動いた。
人の流れをすり抜けて、一直線に駆け寄る。
そして、勢いのまま思いっきり抱きついた。
胸の奥に溜まっていた会いたい気持ちが、一瞬で溢れ出す。
「そら、三週間ぶり。元気だった?」
耳元で聞こえたその声は、あの日と同じで、やっぱり落ち着く。
「はい。……めちゃくちゃ、めちゃくちゃ元気っす」
顔を上げて笑うと、啓太朗の目尻も、やわらかく緩んだ。
⭐️あとがき⭐️
続編考えてませんか?とコメントいただき、ありがとうございます…
とっても嬉しいです♡
まだあと1章分残ってますので、お楽しみいただけたらと思います。
実はちょっとだけ啓太朗視点のSSを考えてます……
投稿できるかわかりませんが、気長に待ってもらえたら嬉しいです♡
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