48 / 60

第48話 そして、夏は君と始まる

 「……そろそろチェックインできる時間なんやけど。どうする?」  その一言に、胸の奥でドクンと音が響いた。 「え……あ……」  不意を突かれたような戸惑いが先にこみ上げる。  でも、そのすぐ後――心臓の音が速くなるのを、自分でもはっきり感じた。  “どうする?”なんて聞かれたら、期待するに決まってる。  指先がじんわり熱を帯び、呼吸が浅くなる。  視線を啓太朗に向けると、胸の奥の高鳴りがさらに強くなった。  さっきまでの戸惑いは薄れて、代わりに甘い予感が体の中いっぱいに広がっていく。  頬がじわじわ熱くなり、目の奥がとろんと溶けていく感覚。  心臓の音がうるさくて、自分の鼓動が空気を震わせているようにすら感じた。  啓太朗の喉が、かすかに鳴る。  その表情を目の前で見た瞬間、彼の余裕の笑みがわずかに揺らいだ。 「……あかん、その顔は反則やろ……」  低く掠れた声が、耳の奥に落ちた。 「え? その顔って?」  そらがそう言うと、啓太朗は眉を少し下げて、ふっと息を吐いた。 「ああ……もう、無自覚に煽ってくるし。もー!」  軽くすねたような声と同時に、俺の手をがっしり握る。  そのまま、展望台を後にして歩き出す。  無言で手を引かれ、少し引っ張られる形になったそらは、慌てて口を開いた。 「え? け、啓太朗さん?」 「ん?」 「今、向かってるのって……もしかして?」  振り返りもせず、彼は短く答える。 「うん。そうやで。そらの想像通り。ホテル。今から行くで」  その言葉に、心臓がまた跳ねた。  いつもはそらの歩幅に合わせて歩く啓太朗が、今日は大股で、急ぎ足だ。  その背中と、握られた手から伝わる体温が、なんだか少し可愛く思えてしまった。   啓太朗の背中を追いかけながら、そらの視界はほとんど彼だけでいっぱいだった。  都会の雑踏や店の看板なんて、今日はまるで目に入らない。  ただ、握られた手の熱と、前を行く大きな背中――それだけが、やけに鮮明に感じられた。  ホテルに着くと、啓太朗は迷いのない足取りでロビーへ向かう。  フロントに立つと、落ち着いた声で予約名を告げ、必要な手続きを手際よく済ませていく。  その横顔が、やけに頼もしく見えた。 「行こか」  そらの手を再び握り、エレベーターに導く。  部屋の前に着くと、カードキーを差し込む音。  ドアが開き、啓太朗が中へとそらを先に入れる。  次の瞬間、背後で静かにドアが閉まった。  振り返る間もなく、彼は持っていたスーツケースを適当に置き、  そのままそらをぎゅっと抱きしめた。  温もりと重みが、全身を一瞬で包み込む。 「……そら……そら……」    その呼び方に、胸の奥がぎゅっと熱くなった。 「……ああ、やばい。こんな、部屋入るなりすぐがっつくなんて…… マジでやばいわ。余裕ないな、俺……」  腕の中で、啓太朗がぶつぶつと自分に言い聞かせるように呟く。  そらは、ただその声を聞きながら、ひたすらドキドキしていた。  心臓の音が、自分の鼓膜を打つたびに、ますます早くなる。  やがて、啓太朗が大きく息を吸い込む。 「……はぁ。一旦落ち着こう」  そう言って腕をほどき、部屋の冷蔵庫を開けようと、  少しかがんだ――その瞬間。  そらは、その背中にぎゅっと抱きついた。 「……してっ」  小さな声が、自分でも驚くほどはっきり出た。  啓太朗の動きが止まり、ゆっくり振り返る。  耳まで真っ赤になって立っているそらを見て、一瞬だけ目を見開く。  次の瞬間には、迷いなく腰を抱き寄せ、そのまま抱き上げた。  軽々と持ち上げられ、視界が一気に揺れる。  ベッドに背中が沈み、シーツの感触が肌に伝わった。  ベッドにそっと寝かされ、見下ろす啓太朗の影が覆いかぶさる。  その瞳は真剣で、けれど奥に熱を秘めていた。 「……そら。いいの? 本当に? 後悔しない?」  胸の奥で鼓動が跳ねる。それでもそらは迷わず口を開いた。 「しません。……っていうか、啓太朗さん以外なんて考えられん。  だから……」  その言葉に、啓太朗が一瞬だけ息を止める。 「……いや、そら。今からすること、ちゃんとわかってんの?」

ともだちにシェアしよう!