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第52話 そして、夏は君と始まる

  啓太朗の腕が、まだ熱を帯びたままの身体をぎゅっと抱き寄せる。    (……ああ、本気で……)  全身を預けられるこの感覚が、どうしようもなく心地いい。  肩越しに聞こえる啓太朗の荒い息が、少しずつ落ち着いていくのを感じる。 「……そら、大丈夫?」  耳もとで落ちた声は、いつもの穏やかさに戻っていた。 「……うん」  小さく答えると、啓太朗がそらの髪をくしゃっと撫でる。  額を軽く合わせられ、視線が絡む。 「……可愛かった」  唐突な言葉に、顔が一気に熱くなる。 「……ない!それはない!絶対俺キモかったー!!」  拗ねたように目を逸らすと、啓太朗は小さく笑い、 「そんなこと、あるわけないやろ」 と、甘く呟き、また強く抱き締めてきた。  その温もりに包まれながら、まぶたが自然と重くなる。  (……このまま、眠ってもいいかな……)  最後に微かに聞こえた「おやすみ」という声が、夢の中へと引き込んでいった。 「そら、そら……おはよう。そろそろ起きや。終電、間に合わんくなるで」  耳に届く低い声に、重たいまぶたをゆっくりと開ける。  ぼんやりとした視界に映るのは、すぐ近くで覗き込む啓太朗の顔。  寝ぼけたまま瞬きをしていると、もう一度「そら」と優しく呼ばれる。  視線を少しずらすと、啓太朗の上半身が視界に入り―― 「……なっ、はっ……!」  一気に覚醒する。  すらりとした肩のライン、うっすら浮かぶ筋肉の陰影。  その姿を見た瞬間、さっきの出来事が脳裏に鮮明によみがえる。  (……やって、しもたんやんな……)  顔が一気に熱くなり、シーツの中でひとり悶える。  その様子を見て、啓太朗がふっと笑い、 「ほんま、かわいいなー」と言ってそらの頭をポンポンと撫でた。  まだこの温もりの中にいたい―― そう思ったけれど、啓太朗はもういつもの落ち着いた顔に戻っている。 「そろそろ帰る準備しよか。あんまり時間ないからな」  穏やかな声に促され、そらは小さく頷いた。  床に散らばった服を見て、そらは顔を赤くしながらひとつひとつ拾い集める。  シャツの皺を軽く伸ばして頭からかぶり、デニムを履く。 ボタンを留める手が、なんだか落ち着かない。  その様子を見ていた啓太朗が、「駅まで送るから」と言った。 「……あざす」 「忘れ物は?」 「ないっす」 「じゃあ、行こか」  二人で部屋を出ると、夜の空気がひんやりと頬をなでた。  

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