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第57話  Forever, You【SS】side~keitarou 

「長いっすね……夏休みまで……」 駅までの道を歩きながら、そらがぽつりと呟いた。 自分も同じことを思う。 厳密には一ヶ月半ほどで会えるはずだ。 けれど、そらのぬくもりを知ってしまった今、その一ヶ月半はきっと死ぬほど長い。 正直、東京になんか一ミリも帰りたくない。 そんな気持ちをぐっと飲み込み、精一杯大人ぶる。 「俺はめっちゃ楽しみにしとるよ。今年の夏は、きっといつもと違うやろから」 その言葉は、半分は自分自身への言い聞かせだった。 大きな瞳に涙をため、それでも笑顔で去っていく。 こんな愛しい恋人と、なぜ離れなければならないのか。 鬱々と考えていると、自分の目からも涙がこぼれそうになる。 そらと出会ってから、涙腺がやけに緩くなった。 あの顔で泣かれると、胸が締めつけられる。 まるで心臓を刃物で突き刺されたような痛みだ。 拓実の店の帰り。 ボロボロに傷ついたそらに突き放された。 わかっていたことだったが、それでもこたえた。 しのみダムの帰りもそうだ。 柄にもなく、そらの前で涙を見せたし、送った帰りの車内では号泣した。 止まっていた感情を動かしたのは――紛れもなく、そらだった。 「……会いたいな」 見送ったばかりだというのに、思わず声が漏れていた。 自分でも重症だとわかっている。 それでも、不思議と悲観ではなく、前に進む力に変わっていく。 「勉強、頑張れ」 短く一言だけメッセージを送り、 自分もやるべきことをきちんとやろうと気を引き締めた。 一ヶ月半後―― 「そら、帰ってきたよ」 実家に着くなり、すぐにメッセージを送った。 「今日は遅いから、明日サンサンでな」 すると、間髪入れず返事が返ってくる。 『おかえりなさい!明日、めっちゃ楽しみっす!  早く会いたいなぁー』 その文面に、自然と笑みがこぼれた。 (……どこまでも、真っ直ぐで素直やなぁ) 「俺も会いたいで。明日バイト終わり、会う?」 『会う!! 会いたい!! 正直、その言葉待ってました』 はぁ……どこまでも可愛い。 今年の夏から新しく入った夏限定バイトは、例年より男の子が多い。 女の子はプールの配置を嫌がるから、ここぞとばかりに 配置を決めるとき啓太朗は社員にこっそり耳打ちした。 「今年はお化け屋敷多めがいいんですよね。新しい子たち、プールでしょ? 俺、全然お化け屋敷行くんで」 できるだけそらと一緒のシフトに入れるよう、さりげなく根回しをしていたのだ。 ――なのに、蓋を開けてみればプールにもそこそこ入れられている。 (……くそ、使えん社員め) もちろん、そらの前でそんな毒は絶対に吐かない。 しれっと大人で頼れる大学生の仮面を被るのだ。     今日のプール配置は、大型スライダーの浮き輪手渡し担当だった。 夏休みに入って浮かれ気味の学生たちに、半ばあきれながらも、丁寧に説明をする。 「笛が鳴るまで待ってくださいね。  必ず浮き輪の持ち手は離さないでください。  それでは、楽しんで」 声は明るく張っているが、啓太朗の心には一ミリも熱がこもっていない。 (今頃、ゾンビになってお客さん驚かしてるんやろな……) 頭の中では、そらが暗い通路で大げさに驚かせている姿が浮かぶ。 ああ、俺もそっちに行きたい。 そんなことばかりを考えていた。

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