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第1話 唯一無二の出会い
「柊斗 、次の実習グラウンドだってよ」
自動車科の教室、俺の隣で実習着に着替えている尚弥 が声をかけてきた。
「もしかして、また自転車解体するのかな」
俺がすこしガッカリ気味に答えた。
すると俺の反対隣りで着替え終わった智成 が答える。
「早く車いじりたいよな」
「「わかるーー」」
俺と尚弥が智成を指差しながらふざけた。
「おまえらマジでキモいな」
隼颯 がクスクス笑いながら話に入ってきた。
「車だろうが自転車だろうがつまんねーよ」
鼻で笑いながら見下すように話の主導権を自然と奪っていく。
俺と尚弥と智成は目を合わせ一瞬黙り込んだ。
「ま、まぁな。どっちにしてもグラウンド暑いし、めんどいよな!」
俺がなんとか場の空気を良くしようとヘラヘラと答える。
「っとによ。まじで早く卒業してぇー、な?蓮」
隼颯が入り口で俺たちを待ってる蓮 に声をかける。
蓮は俺らと同じ作業着を着てるはずなのに、ひとりだけオシャレなつなぎを着こなしているように見える。
「俺は自転車結構好き」
いつもの淡々とした物言いも雰囲気がある。
「蓮は何でも真面目でさすがだわ!」
隼颯は感心したように答え、蓮の肩を組んで教室から出ていった。
「……俺らも自転車嫌いじゃねーけどな」
尚弥がボソッとつぶやいた。
「だな!つーわけで自転車好きの俺らも急ごう!」
俺は尚弥と智成の背中を押してグラウンドへ急いだ。
実習は予想に反して自動車のエンジンの分解実習だった。
グラウンドの隣の倉庫から荷物を運び出し、実習棟でエンジンを分解した。
いつもの俺、尚弥、智成、隼颯、蓮のグループで作業を開始した。
エンジン強火オタクの智成が同じ班にいるので、作業はスムーズに終わった。
「誰かグラウンドの倉庫に荷物片付けといて」
片付けを始めてすぐに、隼颯が俺を見て言った。
「みんなで行こう」
蓮が荷物を持とうとするが、それを隼颯が止める。
「蓮はこのあと俺とここの片付けするから。
ほら、早く行ってこいよ」
尚弥と智成は別の場所で資料をまとめていて頼れない。
俺は何か言おうと口を開きかけたが、途中でやめた。
ーー空気を悪くするほうが嫌だった。
「わかった。行ってくるわ」
俺は一人で持つには少し重い荷物を肩に背負い、グラウンドの倉庫へ向かった。
実習棟の1階からグラウンドに行くあいだに、自動販売機が並んでいる渡り廊下がある。
教室がある棟と体育館を結ぶそこは、壁がところどころない半分外のような作りの渡り廊下だ。
渡り廊下の壁がないところからグラウンドに出るのが一番の近道。
俺はそこを通り、もうすぐグラウンドというところまで来ていた。
校舎の壁に背中を預け、炭酸飲料を片手にだらしなく立っている生徒に気がついた。
(滝沢 玲央 だ)
俺は滝沢くんのただならぬ雰囲気を感じ、彼に気づかれる前に自販機側に身を隠した。
滝沢くんはまるで美少女のような男子で、学校では知らない人がいないほどだ。
性格も穏やかで優しく、その見た目にそぐわない人だと噂されている。
俺も一度は喋ってみたいなと、夢見てはいたけど、いざチャンスが巡ってくると少し怖くなる。
しかも、なんだか様子がおかしい。
「…………ってや…………がっ」
滝沢くんが何かボソボソ呟いている。
少し心配になって俺は彼に近づいてみた。
「あいつら、俺に気安く触りやがって。気持ちわりぃな、くそが……」
ーードサッ!!
その内容に驚いて、俺は重い荷物を肩から落としてしまった。
「!!!」
滝沢くんが俺を見つけて視線が重なった。
ドッと背中に汗をかく俺。
絶対に聞いてはいけない内容だった。
息をのむ暇もない、一瞬の静寂。
「…………聞いた?」
冷たい刃のような声が俺の耳を刺した。
「ははっ……ちょっとだけ聞こえたけど、ほとんどわかんなかったよ。こんなところで何してるの?大丈夫?」
俺は焦りを隠して彼にヘラっと話しかけた。
「…………」
そんな俺の顔を静かに見つめる氷の目。
「…………」
ヘラヘラと笑いながら見つめ返す俺だったが、額からツーっと汗が流れ落ちた。
「おい、聞いたんだろ。この変態野郎」
まさかその可愛い口から出てきた言葉とは思えず、俺の目玉が飛び出そうになった。
「た、滝沢くんって……そんな雰囲気だったのか」
長いまつげの丸い目がすっと細くなり、冷たい視線が俺を刺す。
でも俺は──初めて至近距離で見る滝沢玲央のあまりに整った顔に、つい思ったことを口にしてしまった。
「…………え、かわいい」
「は?!はああぁぁぁぁ??????」
間髪入れずに滝沢くんは声を荒らげた。
そして今度は彼の目玉が飛び出そうだった。
「あ、ごめん。つい……思ったことが出てきちゃって」
俺は自分の口を片手で塞いだ。
「馬鹿にしたわけじゃないよ。
嫌な気持ちにさせてたらごめん!」
慌てて謝罪する俺に、心底嫌そうな表情で俺を見つめてくる滝沢くん。
「俺の内面見て、ドン引きするどころか……
かわいいって…………おまえ、頭湧いてんのか?!」
なんだかすごい言われようだが、俺は素直に思ったことを口にした。
「いや、別にドン引きするほどじゃないよ。内容的に驚きはしたけど……。滝沢くんの見た目も中身もかわいいって思ったよ」
彼は俺の言葉を聞くと、目を左右に泳がせて手元をそわそわといじり始めた。
そして、少し考える素振りを見せて俺に一言言い放つ。
「そうか。やっぱ──変態ってことか」
そして俺と視線を合わせたまま、ゆっくりと横を通り過ぎていく。
滝沢くんの姿は廊下の角を曲がって消えた。
俺は今の衝撃でしばらく固まっていたけど、授業終了のチャイムの音で我に返り、慌てて荷物をグラウンドの倉庫に運んだ。
──俺と玲央の最初の出会いは、変な意味で唯一無二の出会いだったと思う
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