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第3話 友だち未満の優しさ

俺も入学当初は電車通学をしていた。 その頃、学校の近くで、たまたま滝沢くんと時間が被ることがあった。 あのときはただ遠くから、彼のかわいい後頭部を見つめるだけだったのに…… それが今はこうして隣り同士で歩いてるんだから、 人生何があるか、まだまだわかんねーよって思う。   帰り道の同伴許可をもらってから、よくよく滝沢くんちの場所を聞くと、 学校から徒歩15分の極近物件だと発覚した。 「近いから工業に来てる」 なんて言い出すから驚いた。 自動車科は結構車ガチな奴が多いけど、情報科はまた雰囲気が違うんだろうな。   「お前、名前ってあんの?」 滝沢くんが唐突に失礼なことを聞いてきた。 「ブフッ……! 俺のこと、そのへんの昆虫かなんかだと思ってる?」 思わず吹き出してしまった。 滝沢くんも、冗談を言える類の人らしい。 「自動車科2年の芦沢柊斗だよ」 「滝沢玲央。 俺のこと知らないやつなんて、この地区にいないだろうがな」 「地区にまで広がってる美貌やばい。惚れそう」   そんな他愛もない話を少し続けたけど、 俺は駐輪場の男子について、聞きたくてたまらなかった。 滝沢くんが彼から酷いことをされてたなら。 もしそうだとしたら……ここまで関わってしまった以上、見て見ぬふりなんてできない。 手助けできるかわかんないけど──できることなら、守ってあげたい。 そんなおこがましいことを考えながら、歩いていた。   「なぁ…………」 滝沢くんの一声が、ぐるぐる回っていた思考を断ち切った。 「自動車科って、文化祭の出し物決まった?」 何気ないような会話が始まった。 「いや、まだ。 どうせまた変な車でも作るんだよ」 冗談ぽく答えた。 「情報科は? 俺らの文化祭、6月だからこの時期忙しくてダルいよな」   まだ4月の半ば。 猛暑対策で涼しいうちに文化祭を開催することになってから、 連休などの都合上、4月から準備をしている。   「……店とかって話になってる」 ぽつり、と落ちた声。 そのトーンに引っかかり、俺は聞き返した。 「店? 食べれる系?」 「…………女装喫茶」 「アハハ!」 反射的に吹き出してしまった。 「てめぇ、何がおかしいんだよ!」 「ごめっ……だって、すごく嫌そうだから!」 俺は女装姿の滝沢くんを少し想像した。 「滝沢くんなら、むちゃくちゃ似合いそうなのに」 つい、軽口を叩いてしまった。   その瞬間、彼の表情が明らかに不機嫌になった。 「女装似合うことなんて、わかってんだよ。 でも…………そんなキモいこと、したくねーんだよ」 ──あ、滝沢くんが気にしてること言っちゃったんだな。 そう、あとから気がついた。 もう遅い。 彼の心の“本当”の部分を、土足で踏んでしまったんだ。 歩みが重くなる。   ──でも、でもさ。 「言ってみたらどうかな?」 俺は優しく、真剣に声をかけた。   「は?」 「滝沢くんが嫌だと思ってること、みんなに言ってみたらどうかな?」 滝沢くんの歩みが、完全に止まった。 「そんなこと……言えるわけねーじゃん。 だって──みんな、期待してる」   そっか…… 滝沢くんは、みんなの期待に応えようとして苦しんでるんだな。   「でもさ、みんなだって、滝沢くんに無理して女装してほしくないと思うよ」 「何も知らねーくせに、適当なこと言うな」 「……適当じゃないよ」   俺は滝沢くんの手を握った。 ぶっきらぼうで、不器用な、そんな優しさを包んであげたくて。   「俺さ、滝沢くんの悪口、一回も聞いたことないんだよ。 滝沢くんのこと、直接知ってたわけじゃないのに。 それってすごくない?」   彼の瞳が、俺を見つめる。 「きっと、周りの人が本当に滝沢くんを好きだから、いい噂話しかないんだよ」 滝沢くんの表情が、少しずつ柔らかくなっていく。 届いてくれ──そう願いながら、俺は続けた。   「滝沢くんが女装するの嫌だって言ったら、きっとみんな受け入れてくれるよ。 もしかしたら、君の本音を聞けたって、喜んじゃうかもしれない」 ──俺みたいにね。   滝沢くんは、繋がっている俺たちの手を見下ろしていた。

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