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第4話 憧れの呼び出し、勘違いのタコさんウィンナー

今日、学年のアイドルである滝沢くんと、初めて言葉をかわした。 どういうわけか、彼の゙本性゙ど本心゙に触れることになってーー。 いろんなことに巻き込まれたせいもあったけど、なんで俺なんかに話をしてくれたんだろう。 彼と別れた帰り道、またあの駐輪所に戻って原付きにまたがり、家に帰った。 いつもの帰り道、風を切って走ったら、いつもより気持ちが良くて……。 あぁ……俺、滝沢くんに少しでも頼ってもらえて嬉しかったんだな。 改めてそんなことを自覚した。 いつも誰かの後ろに立っているだけのような俺が、今日は滝沢くんの横を歩いてた。 名前のなかったモブが端役をもらえたような…… そんな浮かれた気持ちで、エンジンを吹かして帰った 次の日。 自動車科の教室。尚弥と智成、あとは蓮。 みんなでお昼ご飯を食べようとしていたときだった。 ーーザワザワ… 教室の入り口にクラスの男子数人が集まっていた。 俺は気になって、遠目から見ていると、人垣の間からぴょこんと滝沢くんの顔が見えた。 まさか……と思った瞬間には、椅子を蹴って駆け寄っていた。 片手には食べかけのメロンパンを握りながら。 「ど、どうしたの? 何かあった?」 目の前の人物を確かめながら、思わず声が上ずる。 滝沢くんが俺に用事があったのかもわからないのに、考えなしに目の前まで来てしまった。 その声に気づいたのか、クラス中の空気がざわついた。 いくつもの視線が――なぜか殺気すら混ざった熱を帯びて、俺の背中に突き刺さる。 「芦沢くん、突然ごめんね」 玲央の声は、優しくて、おとなしそうで……どこか申し訳なさげだった。 (誰……この天使……) 一瞬、本気でそう思った。 でも、思い出す。 ーー昨日の出会いがなければ、 この姿こそが滝沢くんの“本性”だと、俺も疑わなかっただろう。 ……くそ、こっちの滝沢くんもかわいい。 「芦沢くん……あの……」 言いかけた滝沢くんは、ちらっと俺の背後を見た。 嫌な予感がして振り返ると、 案の定、クラスの男たちが机を揺らして押し合いながら、耳をそばだてていた。 「……こっち、行こ」 俺は玲央の手を取った。 教室を抜け出す瞬間、 背後から「柊斗てめぇぇぇぇぇ!!!」とか「死ね! 羨ましすぎて死ね!」とか、 阿鼻叫喚のやじが飛び交ってたけど、今の俺には関係なかった。 俺は右手に食べかけのパン、左手には昨日より少し温かい滝沢くんの手を繋いで、人気のない場所を探して階段を登った。 ーーバンッ 重い鉄製の扉を押し開けると、肌寒い風が肩を撫でていった。 春とはいえ、まだ風は冷たい。 「ここなら、人もいなそう……」 誰かに見られていないか、念のため物陰まで確認してからそう呟く。 滝沢くんは何も言わずに俺の隣で立ち止まった。 さっきまでの教室の喧騒が嘘みたいに、屋上は静かだった。 ようやく俺は振り返り、滝沢くんを見つめた。 ここまで必死についてきてくれたみたいで、少し息が上がっていた。 「……ごめん、スタスタ歩いちゃった。そのー、ほら……、歩幅結構違うのにさ…」 俺は、少し冗談を含ませて声をかけた。 「俺の足が短いってか? あ? ……言ってみろよ、コラ」 「滝沢くん……」 その悪態を聞いて、やっと“本当の彼”に会えた気がした。 滝沢くんは、ぶっきらぼうに俺の手を振り払った。 それから屋上の隅にゆっくりと腰を下ろし、ちら、と俺を見上げる。 「……こっち」 促されるまま、おずおずと彼の隣に座る。 そのとき初めて、滝沢くんがお弁当袋を持っていることに気づいた。 彼は無言のまま、ゆっくりとお弁当を広げる。 ご飯に、冷凍食品。それと、端が千切れたりしてるこれは……タコさんウィンナー? 「滝沢くん、お弁当なんだね。いいなあ。美味しそうで、ちょっと羨ましいかも」 俺の何気ない感想を聞いた滝沢くんは、なぜか頬を赤らめた。 ……もしかして、お母さんの手作り弁当で、ちょっと恥ずかしいのかな。 ーーかわいい。 俺も、彼の隣で食べかけのパンをかじった。 「昨日の話……」 滝沢くんが、静かに切り出した。 俺は、袋のガサつく音さえ邪魔に感じて、食べかけのパンをそっと置いた。 「お前は……俺が女装したくないって言っても、みんな受け入れてくれるって言ってたじゃん」 「……うん」 「今朝、言ってみたんだ。あんまり、女装とかしたくない……って」 「…………うん」 「……“そっか、ごめん。無理にさせようとしてた”って、みんな言ってくれた」 その言葉と一緒に、滝沢くんは箸を置いて、まっすぐ俺を見た。 「……お前の言ったとおりだった」 滝沢くんの瞳が、真っ直ぐに俺の心を掴んでくる。 「一応、報告しとく。……サンキュ」 滝沢くんの言葉を聞いて、グッと心臓が苦しくなった。 人の期待に応えたくて、本音を隠し、言いたいことが言えなかった彼が。 その彼が、ちゃんと“自分の気持ち”を伝えたんだ。 嬉しいような、切ないような…… そんな気持ちで胸がいっぱいになった。 「そんなっ……俺は何もしてないよ!滝沢くんが、自分で頑張ったんじゃん!」 そう言いながら、気づけば自然と笑顔になっていた。 滝沢くんは、ちょっと居心地悪そうにそわそわして、それからご飯の続きを食べ始めた。 ……でも、すぐに箸を止めて、ぽつりとつぶやいた。 「……玲央」 「へ……?」 一瞬、何を言われたのかわからなかった。 「玲央って、呼べよ」 ぶっきらぼうに言いながら、急にガツガツとご飯をかきこみ出す滝沢くん。 ……そして顔を真っ赤にしてる。 あまりに急で、俺はそのまま放心した。 「玲央」 「………………あんだよ」 ご飯を口に詰め込んだ彼は、モゴモゴと返事する。 「アハっ。なんか、ちょっと緊張するな」 「やめろ……こっちまで照れる」 そう言いながら、玲央は照れ隠しのように俺の肩を小突いてきた。 そのやり取りが、俺は嬉しくてたまらなかった。 俺たちの間に、小さな絆みたいなものができた気がした。 今なら、玲央に聞ける。 昨日から、ずっと気になっていたことを。 「……あのさ。言いたくなかったら、全然いいんだけど」 「ん……なに?」 俺は、真剣な気持ちを伝えようとしたけど、重くなりすぎないように、慎重に言葉を選んだ。 「駐輪場で隠れてたときさ、追ってきてた男子がいたじゃん……」 「……あぁ」 玲央の返事に少し間があった。 「もし……もし何かされてたなら、俺……助けになりたい。……遠慮しないで、何でも言って」 伝え終えたときには、俺は身を乗り出していた。 慎重どころか、思いきり気持ちが出てしまってた。 ……だけど。 玲央は、ぽかんとした顔で俺を見ていた。 え……あれ……伝わらなかった? 不安になって、もう一度言いかけたそのときーー 「っ、アハハハハハ!!」 玲央が、吹き出した。 「……え、えっ!?」 なに? 俺、変なこと言った? 玲央はお腹を抱えて笑っていた。肩を揺らしながら、苦しそうに。 「お、おい……ちょっと、どういうこと……?」 肩で息をしていた玲央が少し落ち着いてから、話し始めた 「あいつは情報科の男子で……ブフッ…」 まだ笑いは収まらないようだが、話は続いた。 「田原っつーんだけど、あいつが俺に…」 「俺に?」 我慢できずに食い気味でことばを重ねる 「女装喫茶でセーラー服着てほしいってしつこくてさ」 ーーー??!! 「俺、学校中逃げ回ってたんだよ。」 ーーー???!!! 「今思えば、最初っから断れば良かっただけなのにな!」 ニカッと笑う玲央と対照的に、俺は唖然として、ことばを失った。 「だからさ……ブッ、田原に何か……その……いかがわしいことされたり、とか……グフッ……」 笑いをこらえながら話す玲央に、俺はうつむいて、ポツリと呟いた。 「……されてない、ってことね」 ホッとしたような、ちょっと拍子抜けしたような、複雑な気持ちが胸に残る。 ――なんて勘違いしてたんだ、俺。 でも、つい口が勝手に反論してた。 「いや、待って。これは、玲央が悪いでしょ」 「あ? なんでだよ。お前が勝手にキモい想像してただけじゃん」 「駐輪場であんな意味深な雰囲気出されたら、心配もするでしょ! マジで一晩引きずったんだぞ……!」 「アハハハハ!! ……バカじゃん、お前!!」 玲央は肩を震わせながら、まるで心から楽しいって顔で笑ってた。 昼休みが終わるまで、その笑い声はなかなか止まらなかった。 俺はというと、ちょっとだけ――照れ隠しにパンを口いっぱいに頬張った。

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