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第6話 君の中身も好きだから
教室の窓の向こうで、桜の木から花びらが舞っていた。
もう、四月も後半だ。
ぽかぽか暖かくて少し眠い、そして花粉から少しずつ解放されるこの時期が、俺は一年の中で一番好きだ。
ただそれだけのことで、心が少し浮かれる。
何かいいことが起きそうな気がしてくる。
……そういえば、あの悪夢のような係決めからもう数日が経った。
パンフレット係と清掃係。
俺はまさかの二足のわらじを履かされることになってしまった。
パンフ係は、聞いたところによると、尋常じゃない仕事量らしい。
正直、想像すらしたくない。
玲央は、何の係になったんだろう。
今さらだけど──連絡先を交換しておけばよかった。
あのとき、自動車科まで来てくれたことへのお返しも兼ねて、
今度は俺が玲央のクラスに顔を出してみようかな。
文化祭の話もしたいし……
なんて、そんなことをぼんやり考えていた。
そして迎えた、文化祭係会の初日。
うちのクラスは、──明確に誰がとは言わないが、ある実行委員の仕事が遅れに遅れていたせいで、
最初の段階から、締切りギリギリだった。
その余波をくらって、俺はまさかの係の兼任。
パンフレット係と清掃係を掛け持ちすることになった。
……とはいえ、清掃係の先輩が
「パンフ制作が落ち着くまでは、こっちは来なくていいよ」と言ってくれて、
正直、めちゃくちゃ助かった。
──俺の責任じゃないけど。
ちょっとだけホッとしたのも事実。
そんなわけで今、俺は第二パソコン室の一番後ろの席に座っている。
ここでパンフ係の会議が行われるらしい。
何人いるのかは正確にはわからないけど、
パソコンの向こうに見える人数から察するに、もうほとんどのメンバーが集まっている。
そのときだった。
俺のすぐ横の扉が、そっと音を立てて開いた。
控えめに入ってきたその姿に、自然と目が吸い寄せられる。
春の風と一緒に流れ込み、柔らかい黒髪がふわりと揺れた。
──俺の心臓が、一拍だけ跳ねた。
「玲央!」
久しぶりに見る彼の姿に、思わずちょっと大きめの声が出てしまった。
玲央は俺を見て、一瞬だけ驚いた。
けれどすぐに──あの、いつもの優しい笑顔を向けてきた。
「芦沢くんもパンフ係だったんだね」
──人前だからか、今日は“こっち”の玲央らしい。
「隣、いいかな?」
玲央が俺の隣の空いている席を指さす。
「もちろん」
俺はキャスター付きの椅子を引いて、玲央を迎える。
隣に座った玲央は、すっと体を寄せてきて──
「……お前がいて良かった」
俺の耳元で、そっと囁いた。
バッと耳に手を当て、思わず玲央を振り返る。
──なんだか、耳がくすぐったい。
「楽しくなりそうだな」
そう言って、玲央は俺だけにわかるように、ニヤリと笑った。
そのまま会議が始まり、役割分担の説明が進んでいく。
俺たち2年生は、学校案内のページを作ることになった。
地図、写真、説明文。
クラスの連中は、係りを俺に押し付けるために、「絵がうまい」とか、「字がきれい」とか持ち上げてきたが、
……正直、この手の作業はあまり得意じゃない。
でも、玲央は違ったようで──
「僕、目印になる場所の写真、撮ってきます。加工もできるので、やらせてもらっていいですか?」
玲央の控えめな声が、周囲の空気をふわりと変えた。
2年のメンバーが一様に手を止めて、優しく微笑む『滝沢玲央』の声に耳を傾けている。
「はぁ……」と、うっとりと溜め息を漏らす女子までいる。
みんな、次の玲央の声を待っているようだ。
俺が意見を言おうと口を開こうとしたときだった。
「そうだなぁ。一緒に誰か来てほしいな……」
玲央は周囲の反応を気にすることなく、自分の話を続けた。
そして彼は俺の袖を、ちょんっとつまむように引っ張って言った。
「芦沢くん、僕と写真の担当になってくれないかな?」
──えっ。
ちょ、袖……は??
なんか、かわいすぎんかそれ……?
思考が止まりかけた俺は、反射的にこう言っていた。
「……俺で良ければ、なんでもします。
荷物持ちでも買い出しでも、任せてください。」
俺は玲央の殺傷能力高めのかわいさにコロッとやられ、一瞬で玲央の下僕と化した。
その後の役割分担も、案外すんなりと決まっていき、10分後には役割ごとに仕事に移っていた。
俺と玲央はパンフに載せる写真を撮るため、校内の目印になるような場所を探し始めた。
階段の踊り場、職員室前の掲示板、購買の自販機横──
文化祭に来た人が迷わず移動できるように、わかりやすいポイントを押さえていく。
「おい、もっと上から撮れよ」
体育館の2階から、見下ろす形で体育館を撮りたいと玲央が言うから、俺は高めの身長をもっと伸ばして上から写真を撮ろうとしている。
「ぐぐぅ……、監督……これ以上は伸びませんっ…」
「おい、やる気出せよ。その無駄に高い身長やっと活かせるんだぞ」
「俺は無駄だとは……思ってませんが……」
そんなやり取りをしつつ、俺たちはポイントになりそうな場所の写真を撮ってまわった。
最後に自動販売機のある渡り廊下の写真を撮って、とりあえず休憩することにした。
ーープシュッ、と玲央が炭酸ジュースの蓋を開けた。
校舎とつながる場所に数段の階段があり、そこに並んで座る。
玲央が炭酸ジュースを飲む姿を見たときに、俺は玲央に初めて会ったときのことを思い出した。
──あのときも、炭酸飲んでたな
そして、ずっと頭の隅にあったけど、自信がなくて聞けなかったことを、玲央に聞いてみることにした。
「ねえ、今更なんだけど、どうしてみんなの前で本当の姿隠してるの?」
玲央は両手でジュースを持ったまま、膝の上にぽんと置き、校舎の向こうをぼんやり見つめていた。
答えが返ってくるまで、少し間があった。
──踏み込みすぎたかも。
俺が口を挟むべきじゃなかったかもしれない、と思いかけたそのときだった。
「……俺さ、顔だけは褒められるんだよ」
ぽつりと、玲央が言った。
「でも、中身が“これ”だと知ったら──勝手に幻滅されるんだよね」
「え?」
「小学生の頃、あったんだ。『そんな子だと思わなかった』って言われてさ。そっから、クラスの輪から外されて」
玲央は笑ってるような口調だけど、目は笑っていなかった。
「だから、“見た目どおりの良い子”でいた方が、みんな優しいし、楽だし。……ま、演じてるってほどじゃないけどな」
そう言って、ジュースを一口だけ飲んだ。
炭酸の音が、乾いた空気の中に小さく弾ける。
俺は、彼の核心に触れた気がした。
こんな軽い話のように話して入るけど、きっと長い間悩んでいるんだろうな。
そういえば俺が出会う前は、同級生に意見も言えなかったもんな……
勇気を持って俺に話してくれたんだ。
俺も自分が思っていることを、大切な友達に伝えたかった。
「俺は玲央の中身も好きだから」
俺は玲央の瞳を見つめて、気持ちいっぱいに伝えた。
すると玲央が久しぶりに俺の顔を見た。
「おまえなぁ………」
眉間のシワがすごく深いが、やっぱりかわいい。
「はぁ……まじで、そういうとこだぞ」
玲央が顔を抑えて下を向いてしまった。
よく見ると、玲央の形のいい耳がほんのりと赤くなっている。
「えー、なになに?照れちゃった?」
俺は嬉しくなって、玲央を茶化したら、案の定俺の肩に強めの一撃が飛んできた。
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