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第7話 乙女加工と肩の距離

俺という存在は、誰かの人生に大きな影響を与えるような人間じゃないと思ってた。 それが良いとか悪いとかいう話じゃなくて──どちらかと言えば、特に意味もないことで。 たとえるなら、川の流れを変えてしまうような大きな岩じゃなくて。 浅瀬にひっそり転がってて、ひっくり返せば虫がいる──そんな、どうでもいい小さな石。 ……ずっと、自分はそういう役割で満足してた、はずだった。 でも、玲央と一緒にいると、つい踏み込みすぎる。 頼られると嬉しくなって、話をしてくれると励ましたくなる。 ──浅瀬の小石でいたくない。 玲央の人生の流れを、少しでも良い方へ変えられるような、そんな存在になれたら…… そんなおこがましいことを、つい考えてしまうんだ。 まだ、友だちになったばかりなのに── 俺と玲央は、パンフレットの地図に載せる用の写真を撮り終えて、ジュースを飲みながら休憩していた。 動き回ったせいか、肩が少し重い。 でも、なんか悪くない。 春の空気が、うっすらと汗ばんだ肌を冷ましてくれる。 「さっき“加工もできる”って言ってたけど、得意なの?」 ふと思ったことをそのまま聞いてみる。 「俺のパ……親父がカメラ好きで、一緒にやってたら覚えた。 まぁでも、加工よりは編集のほうが好きだけど」 「…………違いがわからん」 「調整の仕方の違いというか……。どこから手を加えるかの違いというか……」 俺は素直に首をかしげる。 そもそもそんなに写真撮らないし、フォルダの最新はクラスの連中と“ボディビルごっこ”してるふざけたやつ。 あれは無加工でじゅうぶん面白かった。 「……あー、見せた方が早ぇな」 そう言って、俺の横にすっと近づくと、いきなりインカメを構える。 「ちょ、ちょっと待って!?心の準備が──」 言い切る前に、シャッター音が鳴った。 画面には、驚いて目を見開いた俺と、無表情のまま並んで写る玲央。 ……うわ、なんだこの顔。 普段から写真写りは悪いけど、玲央の隣りに写ると、俺の“普通さ”がより強調される。 同じ場所で撮ってるはずなのに、玲央の周りの空気だけ光って見えるのは気のせいか? 「完全に変な顔してる俺……消そ?これ」 「待て」 玲央が写真アプリを立ち上げて、さっさと指を動かし始める。 いつもやってるんだな──と、すぐにわかるような手慣れた動きだ。 「まず、これが編集な。明るさ、色、全体のバランスとか」 サクサクと調整されていく写真。 さっきまで妙に生々しかった写りが、なんとなく“それっぽく”見えてきた。 「おお…すごい。なんか空気感が良くなった…というか、自然になったというか…」 俺は感じたままの感想を言った。 「で、加工は──こういうの」 玲央が指先で俺の目元にバサバサのまつげをつけて、唇に変に艶をのせていく。 「…………誰だこれ」 「お前。まあ、ちょっとはマシになった」 「どこがよ!あたしこんなブスじゃないし!」 俺の裏声が炸裂した。 「アハッ!オカマっ!」 玲央が肩を揺らして笑う。 俺が文句を言おうとした瞬間、 ──トン。 玲央が肩に軽く寄りかかってきた。 「……ぷっ、やべ……お前の顔、マジおもろ」 耳の横で響く笑い声が、やけに近い。 玲央の柔らかい黒髪が、俺の肩の上で揺れる。 さっきまで気にしてなかったのに、急に鼓動が早くなるのがわかった。 気を紛らわせようと視線を落とすと、玲央がスマホをじっと見つめていた。 さっきのツーショットを表示したまま、何度も画面をなぞるように見返している。 「その写真、そんなに気に入った?」 俺が聞くと、玲央は一瞬間をおいて、小さく返した。 「……べつに。悪くないだけ」 けどその横顔は、ほんの少し、耳のあたりが赤かった。 ジュースのラベルをくるくると回しながら、玲央はふっと息を吐く。 「……そろそろ戻んぞ。」 ぶっきらぼうに立ち上がる玲央の背中を見ながら、俺もつられて立ち上がる。 さっきまで普通だった日常が、少しだけ違って見えた気がした。

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