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第8話 夕焼けにまぎれた表情

パンフレット係の2年でLINEグループを作ることになった。 思いがけず──ずっと聞こうと思っていた玲央の連絡先を知れた。 グループでは連絡を取り合っているけれど、まだ個人的なやりとりはできていない。 なんとなく、機会を逃した気がしている……。   ゴールデンウィークには、2年のメンバーで集まって、地図に載せる情報をまとめたり、写真の編集をした。 玲央はそういうのが得意だったから、自然と作業の中心になっていた。   俺はというと、バイトが忙しくて、作業が終わるとすぐ帰ることが多かった。 同じ係になったことで、もっと話せるかと期待していたけど、二人きりになるタイミングはほとんどなかった。 あのツーショットを撮った日から、もう10日ほど経つのか……。 みんなといるときの玲央も好きだけど、 ──俺だけに見せてくれる玲央にも、早く会いたいと思っている。   そして、作業が始まってから、あっという間に一ヶ月が経った。 5月も半ば。パンフレット係の2年生で任されていた原案がようやく完成した。 俺はあまり役に立てなかったけれど、達成感だけは人並みにあった。 そして今日は、全体での最終チェックの日だった。 第二パソコン教室に集まった係のメンバーたちは、完成したレイアウトを囲みながら細かな確認をしていく。 誤字脱字、地図のルート、イベント紹介の文章……。 みんなが真面目に取り組んで、予想以上に良いものに仕上がっている。 ──文化祭に来てくれる人たちも、喜んでくれるかな。   特に玲央が中心となって作業した写真編集は、パンフレットの中でも見栄えが良くて、全体の質をグッと引き上げていた。 友達として、なんだか俺も鼻が高い。   「……オッケーかな。これで提出しちゃおう」 3年生の声に、みんなが頷く。 こうして、ゴールデンウィーク返上で作り上げたパンフレット制作の仕事は、ひとまず一区切りとなった。   玲央と二人、作業を終えて下駄箱に向かうと、時計は18時を過ぎていた。 5月とはいえ、夕方の空気はまだ少し肌寒い。 傾いた陽の光が、校舎の影を長く伸ばしている。 一人で帰るには、少し寂しいような時間だ。   「玲央、一緒に帰ろうぜ」 声をかけると、玲央が眉をひそめた。 「……お前、原付きじゃん」 「いいじゃん。押して帰るって」 「はぁ? ……まぁ、お前がいいなら、別にいいけど」 口では呆れたように言いながらも、玲央はどこか嬉しそうだった。   靴を履いて駐輪場に向かい、二人で並んで歩き出す。 少し冷たい風が吹いて、制服の裾がひらりと舞った。   「パンフ係、意外と楽しかったな」 玲央が空を見上げながら言った。   「俺も。玲央がいたから楽しかったよ」 俺は玲央を見つめながら答える。 パンフレット制作が楽しかったというより、玲央と一緒に何かをできたことが嬉しかった。   「まぁ、俺もお前をこき使えて楽できたわ」 そう照れ隠しみたいに言う玲央の顔色は、夕日のせいで赤くなって見えた。 空には、いくつか星が瞬いている。 もうすぐ夜になりそうだ。   ──こうやって一緒に帰るの、なんか久しぶりだな。   そのとき── 「おーい、柊斗ー!」 振り返ると、尚弥が手を振っていた。隼颯と蓮も一緒だ。   「みんなも、まだいたのかー?」 俺も3人に向かって声を張る。 「クラス展示の準備してたー!」 尚弥が近づきながら答える。   「おー、おつかれー。俺らはやっとパンフレット終わったわ」 「パンフレットの化身もおつかれー!」 隼颯が俺を茶化してきた。 「うるせーよ」 俺は笑いながら文句を言う。   すると、蓮が玲央を見ながら静かに言った。 「柊斗と玲央くん、最近一緒にいるね」   俺はそれを聞いて、誇らしげに答えた。 「へへ! 友だちになったんだ」 玲央との仲は、最近の俺にとって一番嬉しいことだった。   玲央が一瞬こちらを向いた。 ──ん? その視線が、いつもより少し鋭く感じて、俺も見返したけれど── すぐに視線は外されてしまった。   ──どうしたんだろう?   そのときだった── 「うわっ……!」 玲央が歩道のちょっとした段差でつまずいた。   咄嗟に手を伸ばしたのは、 近くにいた──蓮だった。 「大丈夫? 気をつけて」 蓮が玲央の腕を軽く支える。 正真正銘のイケメンである蓮と玲央が寄り添う姿は、 まるでぴったりと噛み合っているようで、とても絵になっていた。   その光景を目の当たりにして、 胸の奥が──ズンッと重くなった。 見ていたいような、見ていたくないような…… きっと、せっかくできた“俺だけの友達”を取られたような気がしたんだ。   「……ありがとう」 蓮から体を引きながら、玲央がお礼を言う。 「うん」 蓮の手は、まだ支えるように残っていて、どこか名残惜しそうに見えた。   「じゃ、俺たちこっちだから」 俺は三人に背を向けた。 ……今の言い方、ちょっとキツかったかな。 けれど三人は、いつも通り「じゃーな」と言って、俺たちから離れていった。   玲央と二人きり。 なぜか空気が、少し重たく感じた。   そのとき── 「お前は、俺の友達……なんだな」 ぽつりと、玲央が言った。 西に落ちる夕日のせいで、玲央の表情は暗く、俺には何も見えなかった。   「……え?」 一瞬、何のことかわからなかった。 けれど、さっき「友だちになった」って言ったのを思い出して、納得する。 玲央の声は、さっきまでよりもずっと小さくて── どこか引っかかる感じがあった。 俺は何も言えず、その横顔を見つめることしかできなかった。   ……なんだろう。 別に、間違ったことを言ったつもりはないのに。 妙に胸がざわつく。 怒ってる? いや……たぶん、そうじゃない。 でも、なんか、変だ。   俺たちはまた歩き始めて、駐輪場に向かった。 お互い、さっきの話題をそらすように、他愛のない話をして帰った。 玲央の家に着いたとき、少しホッとしてしまった。   あんなに二人きりで話したかったのに。 俺は玲央に、あっさりとサヨナラをした。 ──次に会う約束は、しなかった。 さっきまで、すぐ近くに感じていた玲央。 今は、胸の奥にモヤモヤだけを残して、 遠くに行ってしまったように思えた。

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