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玲央side──好きになるしかなかった
あいつに初めて会ったとき──
俺は、完全に油断してた。
授業をサボって、ひとりで抜け出して。
“素の俺”のままで、そこにいた。
……やっちまった。
本気で、そう思った。
ああ、俺の高校生活、終わったなって。
“素の俺”を見て、引かないやつなんていない。
そう思ってた。
だって俺は、毎日“嘘の笑顔”で生きてるから。
“表の僕”として、かわいくて、優しくて、穏やかなふりをして。
そうじゃないと、誰にも好かれないと信じ込んでた。
それが唯一の、生き残る方法だったから。
小学生のころ、輪の中からはじかれて。
あの日からずっと、俺は“嫌われないための僕”を作り上げてきた。
それなのに。
「滝沢くんの、見た目も中身もかわいいと思うよ」
──息が止まった。
まさか、そんなことを言うやつが現れるなんて。
思わず出た言葉が、
「頭湧いてんじゃねーの」だった。
それくらい、俺にとっては衝撃だったんだから。
ほんとは、嬉しかったのに。
信じられないくらい、嬉しかったのに……。
夕方、駐輪場でまたあいつと出くわしたときは──
さすがに、運命ってやつを感じた。
事情も聞かずに、俺を助けようとしてくれる姿が、ヒーローみたいに見えて……。
だから俺は、聞かれてもいないのに、ぽつりと漏らしてた。
「女装……、そんなキモいこと、したくねーんだよ」
こいつなら、受け入れてくれる気がしたんだ。
そして俺の予感は、見事に当たったんだ。
それどころか、俺の気持ちをみんなに伝えたほうがいいなんて言い出した。
何言ってんだ、こいつ。
……なんて、思った。
でも、あいつが真剣に伝えてくれてるってわかって、俺の胸にも言葉が響いてきたんだ。
情報科のやつらに「女装は無理」って言えたのも、全部あいつのおかげだ。
俺の“本音”は、誰かに受け入れられるようなものじゃないと思ってた。
少しだけ怯えながら口にしたのに──
「ごめん、無理にさせようとしてた」
って、あっさり返ってきて驚いた。
あいつの言葉が、今までの俺にはなかった勇気をくれたと思う。
あいつに出会ってから、俺の世界はみるみる変わったんだ。
あり得ないスピードで、価値観がひっくり返っていく。
──俺は、俺のままでいいのかもしれない。
そんな希望が、初めて見えた気がした。
それからパンフレット係の仕事が始まって、
会うたびに心が跳ねた。
あいつとペアで写真を撮りに行った日。
隣で歩く時間は、あっという間だった。
なにげない会話のなかで、胸のドキドキがバレないように撮ったツーショット。
画面越しの俺の顔が、口角が上がるのを隠しきれてなくて、顔が熱くなった。
──俺、おまえのこと、すごい好きみたい。
その感情に気づいた日の夜、
ベッドの上でゴロゴロ転がって、ひとり悶えてた。
そりゃそうだろ、
もう好きになるしかなかった。
だって、あいつだけなんだ。
“素の俺”を、滝沢玲央として見てくれたのは。
見つけてくれて。
受け入れてくれて。
こんなに嬉しいことがあっていいのか、って思うくらいだった。
──だけど。
自分の気持ちに気づいてからは、
あいつの顔を見るたび、息が詰まって、胸が苦しくなるようになってた。
二人きりで話す時間なんて、作ろうと思えば作れた。
でも恥ずかしくて。
わざとみんなと一緒にいて、二人きりを避け続けた。
……それでも、会いたかった。
やっと気持ちが落ち着いてきたころ、
ちょうどパンフレット制作が一段落した。
「玲央、一緒に帰ろうぜ」
その一言に、胸が跳ねた。
原付きを押してまで、一緒に歩いてくれるのが嬉しくて──変な声出そうだった。
二人きりの帰り道。
その時間は、俺にとって宝物みたいに思えた。
でも、空は静かに冷たい夜に変わっていく。
「へへ、友達になったんだ」
そう、嬉しそうに言うあいつの顔。
その瞬間、俺は反射的に睨みつけるように見てしまった。
──友達。
あいつが俺を友達だと思ってくれてることなんて、分かってた。
ずっと、分かってたはずなのに。
なのに、こんなに楽しそうに言われると。
グッと、喉の奥に、重たい何かが詰まって、息が、しづらくなった。
あの日、約束どおり家まで送ってもらった。
俺はほとんど、下を向いていた気がする。
別れ際、次の約束は──しなかった。
玄関の扉を閉めて、俺はスマホを取り出す。
フォルダを開いて、あの日のツーショットを指でなぞった。
あいつの隣にいる俺が、幸せそうに笑ってる。
──あぁ。
俺、ほんとに好きなんだ。
報われない、失恋のような痛みが、
恋してるんだ、って教えてくれた。
これが、俺の恋の始まり。
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