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第9話 わがままみたいな感情
パンフレットの作業が一段落してから、玲央と顔を合わせる時間が、極端に減った。
ほんの数日会っていないだけなのに、もう長い時間が経ったように感じる。
会いたいと思ってるのに、自分から連絡するのが怖い。
最後に会ったあの日、様子がおかしかったように見えたから、なんとなくこっちから連絡するのも気が引けている。
用事があれば自然に話せたのに──今は、その“用事”がない。
なんだよこれ。
俺、なんでこんなにモヤモヤしてんだろ。
気持ちの整理はつかないままだったけど、俺は、クラス展示の仕事に移った。
展示物は、俺が何気なく言った──「変な車」
車とはいっても、鋼板もアルミも使わないし、エンジンを積むわけでもない。
俺たちの思い描く“変な車”を、原寸大に近い模型でつくる──それが展示のテーマだ。
素材は、木材やダンボール。
手作業で骨組みを組み上げて、そこに外装を貼っていく。
俺が作業に加わったときには、すでに骨組みが出来上がっていた。
どうやら、デザインと設計は智成と蓮が中心になって進めていたらしい。
ふたりとも車バカだから、妙にリアルで、無駄にクオリティが高い。
……まったく、時間がないのにどうすんだよ。
俺はダンボールの束を持って、図面片手に作業していた蓮に声をかけた。
「ダンボール、ここに置くね」
「うん」
蓮は、俺の声を聞いて一瞬振り向いたが、また作業に戻る。
どうやら今から、図面どおりにダンボールに線を引くらしい。
俺は蓮の図面に目をやった。
「……ガルウィング?」
「そう。かっこいいでしょ?」
蓮がニヤリと笑って答えた。
「えー!ガルウィングとか……蓮の趣味じゃん」
ちょっと古臭くない?…なんて、冗談半分で言ってみた。
「あはは、いいでしょ? 図面描いた人の特権ってやつ。
でも、可動部分の摩擦で、すぐに壊れそうなんだよなあ」
どうしようかな……と、頭を悩ませる蓮。
俺はうんうん唸っている蓮を眺めながら、
──やっぱイケメンだなと、まるで関係ないことを考えていた。
背がスラリと高くて、顔が小さい。
スッと通った鼻筋に、長めの前髪がさらりと落ちる。
車が好きで、勉強もしっかりしてる。
……そういえば、整備士になる夢もあるらしい。
これで性格までいいんだから、敵うわけがない。
別に、彼と何かを競ってるわけじゃないけど──
競う前から勝敗が見えてる、そんな感じだ。
蓮という人は、俺にとっての憧れで。
決して、俺では代わりになれない……そんな大切な友人だ。
少し長く見つめすぎたのか、蓮が不思議そうに聞いてきた。
「どうした?」
特に話すこともなかったから、俺は適当に答えた。
「いや、別に。……腹減ったな」
もう5時か。
放課後の作業って、気づかないうちに時間が経ってる。
俺と蓮は、顔を見合わせた。
「確かに。俺も煮詰まっちゃったし、コンビニ行ってこようかな」
蓮は本心で言ってるのか、気を遣ってくれてるのかわからないけど、
「柊斗も行こ?」って、笑ってくれた。
5月半ばにもなると、空はまだ明るくて、夏の足音がすぐそこに感じられる。
桜の木はもう葉が青々と茂って、
1ヶ月前にはピンク色に染まっていたのが嘘みたいだ。
──そういえば、玲央と写真を撮ったのも、あの桜が散った頃だったな。
ふと、あのときの情景がよみがえる。
渡り廊下でジュースを飲みながら、玲央の悩みを聞いた。
思いがけず、ツーショットを撮ったりもしたな……
あの日は、玲央に近づけたような気がして、嬉しかった。
──玲央、今、何してんだろ。
玲央のことで頭がいっぱいになりかけた、そのときだった。
蓮が、予想外のことを聞いてきた。
「柊斗って、本当に玲央くんの友達……なの?」
「え、……うん」
玲央のことは、ちゃんと“友達”だと思ってる。だから素直に答えた。
……けど、何かを含んだ聞き方だったような。
本当は、何を聞きたかったんだ?
「あーー、……あのさ」
蓮が、すごく言いにくそうに言葉を続けた。
視線は俺から外れて、どこか遠くの建物を見つめている。
どこからか、生暖かい風が俺達の間をサーッと吹き抜けていった。
蓮のその声は、きっと真剣だったと思う。
「玲央くんって、恋人いるのかな」
──あ。
蓮の言いたかったことが、この一言で全部わかってしまった。
心臓が、意味もなくバクバクと激しくなっていく。
「……わかんないや」
俺も、遠くの建物を見ながら答えた。
動揺がバレないように、平静に。
「恋人の話とか、俺、聞いたことないや」
これも事実だった。
でも、言ってから思った。
──俺、玲央のこと、あまり知らないんだな。
“素の玲央”を知ってるのは俺だけ。
それだけのことで、全てを知った気になってただけだった。
「そっか。
……あー、俺この間、玲央くんを初めて近くで見て、かわいいなって思っちゃってさ」
──かわいい
周りの音が全部遠くなって、蓮の声だけが鮮明に聞こえる気がした。
蓮は、こっちが何も聞いてないのに話し続ける。
「ほら、この間、玲央くんが転んだときに……。柊斗、あの時のこと覚えてる?」
俺は、先日の夕焼けの出来ごとを思い出した。
玲央が転びそうになったのを、蓮が支えて助けたんだった。
「今度、柊斗が玲央くんと会ったときにでも、伝えてくれないかな。
俺が、連絡先知りたがってたって……」
蓮がゆっくりと、少し恥ずかしそうに俺を見つめる。
その目は、俺の返事を待っていた。
なんて言えばいいのか、わからなかった。
──だって、俺のほうがずっと、会いたいって思ってる。
「あーーー……」
とりあえず、声だけ出す。
蓮が、期待するように俺の顔をのぞきこんでくる。
「今度の係の日にでも、伝えてみる」
俺の言葉に、蓮がほっと息を吐くのがわかった。
あの蓮が、こんな緊張してたんだな……
普段と違って、どこかぎこちない蓮が、新鮮に思えた。
蓮の頼みなら、俺が断る理由なんてない。
きっと、蓮と玲央が付き合ったら、お似合いの二人になるだろうな。
蓮と玲央が並んだ光景を想像した。
蓮と玲央が並んで笑っている。
蓮が玲央の頭を撫でる。
玲央が、あの柔らかい笑顔を向ける──。
……俺じゃない。
──その瞬間だった。
突然、胸の奥が苦しくなる。
心臓が握りつぶされそうだ……
思わず、制服の上からその部分をぎゅっと掴んだ。
「ハッ、ハッ……」
息が、苦しい。
体は寒いのに、手のひらがじっとり湿ってく。
──なに? 俺、どうしちゃったんだ?
突然の発作のような苦しみに、俺は慌ててしまった。
「柊斗……? どうした? 顔色、やばいよ」
異変に気づいた蓮が、俺の背中を支える。
「ちょっと……息がしづらい……」
症状を、そのまま伝える。
「具合悪そうだな。コンビニはやめて、保健室行こ」
そう言って蓮は、俺を支えながらすぐに学校へ引き返した。
「蓮、ごめん……」
「気にすんなよ」
蓮は、いいやつだ。
本当にいいやつで、かっこよくて……俺にはないもんを、いっぱい持ってる。
だから、玲央のこと「かわいい」って言っても、全然おかしくないし、
似合うかもな……って、頭では思った。
……なのに、なんだよこれ。
考えるだけで胸がズキズキする。
まるで胸の内側から鋭い何かに貫かれてる。
玲央は、俺の“友達”のはず。
俺は玲央に信頼されて、頼りにされて、それが嬉しかったはずなのに。
それなのに──
蓮が、玲央に近づこうとするのが、どうしようもなく嫌だった。
こんなわがままみたいな感情。
子供じみてて、どうしようもない。
……だけど。
俺の大事な友達を、
どうか……取らないでほしい。
……それだけ、なんだよ。
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