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第11話 重い荷物と晴れない空

玲央と屋上でお弁当を食べた日。 前日の夜から会えるのが楽しみで、眠れないくらい浮かれていた。 実際に会えただけでも嬉しかったのに、まさか自分のためにお弁当を作ってくれていたなんて──。 その瞬間、胸が跳ねて、舞台の片隅にいた端役に突然スポットライトが当たったみたいだった。 眩しすぎて、感情が追いつかなかった。 だから、つい──考えもせずに言ってしまった。 なぜ玲央が怒ったのか、いまだによくわからないままだ。 でも今ならわかる。 あの幸せな時間に、他の誰かを入れる必要なんて、なかったんだ。 今は、六月の第二週に入った。 あの日から一週間以上が経っていた。 ──はぁ、今日も雨か。 最近は雨の日が多く、俺の気持ちも湿っぽくなってくる。 今週末は文化祭だというのに、ちゃんと晴れるのだろうかと心配になってくるほどだ。 自動車科の展示物、「変な車」の制作は佳境を迎えていた。 蓮と智成がこだわっていた箇所もなんとか形になっている。 蓮が可動部分に悩んでいたガルウィングも、今では模型にしっかりと付いている。 カラーリングも大体塗り終わって、完成目前というところだった。 「柊斗、ほらちゃんと持てよ。壊したらただじゃおかない。」 俺は、智成がコツコツと作り上げた、ダンボールのエンジンの片側を持たされていた。 「これをひとりで作ったの、すごすぎない?」 俺は尊敬と呆れが半分くらいの気持ちで、智成に言った。 「これは直列4気筒ターボエンジンだ。見てみろ!ここがこだわった部分だ。」 智成は目を輝かせながら俺に説明を始めた。 そしてシリンダー内のピストンを上下に動かした。 「すご……」 これには俺も驚いた。 ピストンが動いたことに驚いたんじゃなく、智成がひとりで作り上げたことに改めて驚いた。 「柊斗、よく覚えておけ。このエンジンを壊したら、お前をエンジンに変えて展示物にしてやるからな」 「意味わからんのが一番怖いわ」 その日俺たちは、ダンボールのエンジンを車の模型に組み込み、展示物はほぼ完成した。 自動車科のみんなで作業の片付けを始めた。 俺はダンボールの切れ端などを、校舎の隅にあるゴミ集積所に運んでいた。 ダンボールの量が多く、大きめのダンボール箱の中に切れ端を入れて持ち運んでいた。 前が見えないまま、慎重に歩いた。 校舎の北側、人がほとんど来ない場所にひっそりとあるゴミ集積所。 半分外みたいな場所で、小さなトラックも入れる作りになってる。 この階段を降りればたどり着くというところで、下の階から話し声が聞こえてきた。 「……でね。俺もだからさ。」 この声は──蓮だ。 こんなところに蓮がいることに、俺は少し驚いた。 誰と話してるんだろう。 いつもの俺なら、そのまま蓮のところに行って、「よお!」なんて挨拶してた。 でも、今はその場に立ち尽くして、盗み聞きなんてことをしてしまった。 何故か、蓮の側に行けなかったんだ。 「登録できたみたい。俺のもいった?」 「……うん」 蓮の質問に答える声に俺は体を震わせた。 ──玲央。 玲央と蓮が一緒にいる。 こんな誰もいないような場所に。 声から察するに、二人きりのようだった。 胸の奥がじわりと冷たくなる。 すぐにそこから立ち去ればよかった。 でも俺はまるで金縛りにあったように、体がピクリとも動かなかった。 そして、二人の会話が耳に入ってきた。 「連絡先教えてくれてありがとう。実は聞きたいことあったから、今夜連絡するね」 そっか……。 俺から蓮に何も言わなかったから、自分で行動したんだ。 明るい声が、蓮の感情を伝えてくる。 やっぱ、かっこいいやつだな、蓮。俺とは大違いだ。 「わかった。」 玲央の声からは、どんな表情をしているのかわからなかったけど、少なくとも拒絶はしていない。 ──あのときは、あんなに怒ってたのに。 玲央は蓮と連絡を取るのが嫌なわけじゃないんだ。 じゃあ、なんであんなに怒ってたんだ。 俺は一体、何を言ってしまったんだろう……。 下の階の二人のことで頭の中が爆発しそうだった。 さっきまで軽々持っていたダンボール箱がやけに重く感じて、手が震えてきた。 早くこの重い荷物を手放したくて、足を動かそうと思ったときだった。 下の階から足音が階段に響いて、徐々に遠くなっていくのがわかった。 俺の体が突然動くようになって、その場から逃げるようにゴミ集積所に向かった。 もう、持っていられないほどの重さに感じたダンボール箱を、崩れ落ちるように集積所に捨てた。 胸が苦しくなってきた。 呼吸がうまくできない気がする。 俺は、ゴミ集積所のなんとも言えない空気を、思い切り吸い込んだ。 気持ち悪い、吐きそうだ。 聞き耳を立てて人の話を聞いて、勝手に苦しくなって、本当に気持ち悪い。 息を深く吐いて、涙が出そうになるのを我慢した。 ──なんで悲しいんだろ、俺。 自分が何を感じて、なんで苦しく、悲しくなっているのかわからない。 何かが俺の感情に蓋をしてる。 答えが出そうになるたび、無意識にそれを拒否してるようだ。 ……いや、考えたくなかった。 ──今夜、あの二人は連絡を取り合うんだ。 その事実が俺の気持ちを黒く重く沈ませる。 このまま教室に帰れる気がしない。 空が暗くなるまで、校舎の隅で時間を潰した。 誰にも会わないように、息を殺して、そっと教室へ戻った。 あと数日で文化祭。 ……きっと、文化祭まで、この重さは消えない。 空も、俺の気持ちも──晴れることはない。

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