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第12話 独占衝動

昨日、梅雨入りが発表された。 そのせいで、毎日シトシトと雨が続いている。 たまに晴れそうな気配はするのに、雲が完全に切れることはない。 そんな中、ついに文化祭当日を迎えた。 文化祭は金土日の3日間続く。 初日は体育祭や音楽祭など、在学生だけの催し。 2日目からは外部の人も呼んで、クラスの出し物やステージイベントが盛り上がる。 そして3日目の夕方には、後夜祭の花火が夜空に上がる予定だ。 初日の夕方には前夜祭があり、そこで尚弥がバンド仲間とステージに上がった。 ボーカルが風邪をひいてしまったので、隼颯が代役として歌った。 なんとも微妙な上手さだったけど、俺たちはこの異常な雰囲気にのまれて、とても盛り上がった。 2日目には、一般公開が始まった。 俺はクラス展示の「変な車」を見に来てくれた人に、「変な綿あめ」を配る役になった。 原宿にありそうなカラフルでポップな綿あめじゃない。 黒、茶色、そして濃い緑──ドス黒い色ばかりの綿あめだ。 もらった瞬間の来場者の顔は、みんな揃って引きつっていた。 でも、俺は案外こういう反応を見るのが楽しかった。 俺は、文化祭が始まってからずっと、蓮の様子を目で追ってしまっていた。 でも蓮は、いつもどおり俺たちとバカをやって、楽しそうにしている。 ひとりでどこかに行くこともないし、ましてや玲央と会っているような気配は感じなかった。 俺もみんなとはしゃいで楽しんでいた。 いつもと違う空間が、俺の気持ちを無理矢理明るくしてくれた。 それでも──あの日のスッキリしない気持ちは、消えないままだった。 そのまま、気づけば文化祭は最終日を迎えていた。 最終日、俺は清掃係の仕事をしていた。 清掃係は、校内のゴミ箱を点検したり、各クラスから出るゴミを、あの校舎の隅にあるゴミ集積所で受け取る仕事だ。 夕方、もうすぐ後夜祭が始まるような時間、俺は校内のゴミ箱を一つひとつ回収していった。 人気の少ない三階の廊下──教室もイベントスペースもなく、ぽつんと椅子と机だけが置かれた場所。 そのゴミ箱に手を伸ばしたときだった。 ふと、窓の向こうの二階廊下に、二人の姿が見えた。 玲央と……蓮。 ──バクン。 心臓が一気に音を立てた。 あの二人が一緒にいる。 肩が触れそうな距離だ。 もっとよく見えるように俺は窓に顔を近づけた。 空は曇っていて薄暗い。 でもあの二人の場所は明るく照らされているかのように、俺の視界に入ってきた。 「……玲央」 なんで、こんなに必死に見ちゃうんだ? あの二人が一緒にいたっていいじゃんか。 俺が、口出しすることなんて──できるはずもない。 そのとき、玲央が蓮に笑いかけているのが見えた。 その笑顔が、俺の胸の奥を焼くように突き刺した。 息が詰まり、心臓が耳元で暴れる。 気づけば、足が勝手に動いていた──全力で。 階段で盗み聞きをしたあの日、一歩も動かなかった体が嘘のように、俺は衝動的に走っていた。 ──ダダダダダ…… 階段を一段とばしに降りていく。 人混みになっている二階の廊下を、全力で駆け抜けた。 たまに人の肩に思い切りぶつかったが、謝ることなく前を見続けた。 賑やかなはずの廊下の音も、今は何も聞こえなかった。 ──玲央、玲央…… それだけが頭の中で響いていた。 そして、俺の視界に玲央の後頭部が見えた。 あと数歩、もう少しで届きそう……。 「玲央!!」 俺のあまりにも大きな声は、玲央だけじゃなく、その場にいた数人も何事かと振り向くほどだった。 「柊斗……?」 「……っ!!」 玲央の声を聞いた途端、胸がギュウッ、と締め付けられて、声が出なくなった。 何か言いたいのに、俺の口からは吐く息だけが音を立てる。 ハァ、ハァと肩で息をする。 突然走ったせいか、心臓の音がうるさい。 でも意識は目の前の玲央にだけ向いていた。 もう、どうしたら、何を言ったらいいかわからず、混乱のまま突然玲央の左手を掴んだ。 そして、俺たちはその場から走り去った。 「はっ?柊斗?……おわっ!!」 玲央は突然の俺の行動に戸惑っていたし、走り始めてからは、何か俺に言っていた。 でも俺の耳にはなんの音も入ってこない。 ただ、あの場所から──蓮の隣から、玲央を連れ去りたい。 それだけを考えて、息が切れるまで走り続けた。 ──バンッ! 鉄製の扉が壊れそうなほど乱暴に開けた。 屋上には誰もいないようだ。 文化祭の賑やかさが、遠くから聞こえるせいか、二人だけの世界に来たようだった。 「……玲央」 俺は振り向き名前を呼んだ。 玲央も苦しそうに息を吐いて、俺を見つめていた。 眉間にシワを寄せて、困惑している顔だ。 「玲央」 「何度も……呼ぶな……」 名前を言うだけの俺に、息を整えながら玲央が言った。 「なんなんだよ、お前……」 玲央が俯いきながら、小さく漏らした。 「いったい……俺をどうしたいんだよ」 玲央の言葉に、俺はようやく頭が動いた。 俺は、玲央と蓮が一緒にいるのが嫌だった。 二人だけで会ったり、連絡を取り合っていることを考えたくもなかった。 俺だけが知ってる玲央が、他のやつも知ってるなんて、許せなかった。 俺は玲央の両頬を優しく包んで、視線を合わせた。 玲央の瞳に、驚きと戸惑いが浮かんでいる。 「……し、しゅうと?」 俺は、決意と願いが混ざるような気持ちで玲央を見つめた。 絶対に目を逸らさないように、少し手に力を入れた。 「玲央……」 ほんの一瞬、言葉を探す沈黙があった。 胸の奥が熱くなり、吐く息さえも熱を帯びてこぼれる。 今、どうしても──伝えたい。 「玲央の一番は、俺だけにして」 その声は、自分でも驚くほどひどく情けなく、震えていた。 気持ちを込めすぎたせいで、言い終わったときには、涙が出そうだった。 俺は涙を隠すように、思い切り玲央を抱きしめた。 「柊斗……」 耳元で俺を呼ぶ玲央の小さな声は、俺の心を揺さぶった。 ──ギュッ、と腕の力を込める。 すると、玲央の両腕が俺の背中を優しく包んだ。 これが玲央の返事な気がした。 俺は嬉しいような安心したような……とにかく、幸せな気持ちが胸いっぱいに溢れた。 屋上に柔らかい風が吹いた。 ツバメが高く飛んでいる。 雲の切れ間から夕日が差して、屋上のコンクリートを照らしている。 俺たちはしばらく抱きしめ合ってから、名残惜しむように体を離した。 その後、特に話すことはなかったけど、嬉しそうにはにかむ玲央と手を繋いで、屋上から後夜祭を眺めた。 ほんの数発の花火が、俺の人生で一番綺麗だった。 今、この時だけは──この二人きりの屋上が、世界のすべてだと信じたかった。

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