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玲央side 第10話 冷たさは、蓋を閉じたあと

あいつに「友だちだ」と言われて、俺は自分の恋心と失恋を同時に確信した。 あいつも俺を信頼して、大切に思ってくれている。 けれど、俺の気持ちはあいつとは違う方向を向いていた。 それはもっと得体のしれない──執着のような、厄介な感情だ。 間違いなく恋だ。 だけど、この気持ちをあいつに伝える勇気はなかった。 どうしたらいいのか、何も考えられなかった。 それから数日は、あいつに会いに行く気にもなれなかった。 係の仕事がなかったおかげで顔を合わせずにすんだけれど、会わなければ会わないで、あいつのことばかり考えてしまう。 ……息苦しいくらいに。 ご飯もあまり食べられない。 家族にも心配をかけるくらいだった。 悶々としたまま日々が過ぎ、ついに俺は決心した。 ──告白しよう。 あいつが俺を友だちだと思っている以上、振られるのはわかっている。 自分から振られにいくなんて……バカみたいだ。 それでも、このままじゃ俺が壊れてしまう。 覚悟を決めて、俺はあいつにLINEを送った。 翌朝、いつもより早く起きて弁当を作り始めた。 別に大した料理はできないが、食べられるものくらいは作れる。 ウィンナーに慎重に切れ目を入れて、フライパンに落とす。 できるだけ形のいいものをあいつの弁当箱に詰めていった。 今日の昼、屋上で渡すつもりだ。 あのとき、美味そうと言ってくれた弁当。 ──食べてくれるかな。 蓋を閉める瞬間、あいつの笑顔が頭に浮かんだ。 振られに行くのに、弁当を一生懸命作っていた。 今日、会えば終わりだと、自分で決めたのに。 それでも、あいつのことが好きで、悲しみで喉が詰まり、息が苦しくなる。 そんな感情がぽろぽろとこぼれてきて……泣きそうになった。 昼休み、覚悟を決めて屋上の扉の前に立った。 取っ手に手をかけたものの、なかなか開けられない。 足が震えて、次の一歩が出なかった。 ペチンッ──ちくしょう、根性見せろ。 自分の頬を軽く叩く。 ついに扉を押し開けた。 ──ギィ。 生ぬるい風が髪を攫う。 空には雲が立ち込めて、これから天気が崩れる気配がした。 屋上の隅を見つめ、俺は最初の一言を切り出した。 「おまたせ」 声が出て、安心した。 あいつがパンを持ってきていたおかげで、自然な流れで弁当を渡すことができた。 美味しそうに食べてくれて、ホッと胸を撫で下ろす。 けれど、俺が作ったと告げるのが恥ずかしくて、口を開いた瞬間、妙に声が大きくなってしまった。 自分でもわかるくらいに顔が熱くなった。 あいつの視線を横から感じたのに、目を合わせられない。 俺が作ったと知って──気持ち悪いと思われただろうか。 そんな不安もよぎったけれど、あいつが「ありがとう」と言ってくれて、自然と笑顔になっていた。 あいつも今日はずっと嬉しそうだ。 俺もあいつもなんだか自然に話をしてて、前回別れたときの変な空気なんてなかったみたいだ。 屋上に来たときに感じたムワッとした風は、さっきから止んでいた。 ──今しかない。 覚悟した途端、心臓がドキドキとうるさく動き始めた。 落ち着け、落ち着け……。 俺があいつに思いをぶつけようと、口を開きかけた──そのときだった。 「そういえば、蓮が玲央の連絡先知りたいって言ってるんだ」 …………は? 俺は開きかけた口をそのままに、あいつの顔を見つめた。 一瞬でさっきまでの高揚感が消え失せて、胸の中にスッと冷たい風が吹き抜けた。 冷静にあいつの顔色を見ていた。 ……なに嬉しそうな顔してんだ? 「……なんで、お前にそんなこと言われなきゃいけねーんだよ」 俺が思ったよりも低く冷たい声が出た。 なんで、今、ほかのやつの名前聞かなきゃなんねーんだ。 俺と蓮ってやつの仲を、取り持ちたいって言ってんの? 俺は、どうやっても、お前の友達にしかなれないのか? 振られると覚悟してここに来たのに、俺は未練がましくも、あいつの言葉に怒りと悲しみを感じていた。 すると、あいつが恐る恐る声を出した。 「ご、ごめん……」 その言葉を聞いた瞬間、悲しみが溢れてきた。 グッと奥歯を噛んで、涙をこらえた。 俺は急いで弁当箱を片付けて、その場から立ち上がった。 そのまま扉に向かおうと思ったけど、あいつに一言なにか言ってやりたくて立ち止まった。 声を出したら、泣いてしまうかもしれない。 怒りで拳に力が入る。 そして、振り返らずに俺はつぶやいた。 「連絡、しなきゃよかった」 そのまま校舎に入り──バンッ、と風の勢いと共に扉を閉めた。 扉を閉めた瞬間、張り詰めていた気持ちがなくなり、幕が降りたような気がした。 そのまま俺は一度も止まらずに教室に向かった。 途中、クラスのやつがいた気もするけど、目もくべずに真っ直ぐ歩き続けた。 教室について自分の椅子に座ってからは、ずっと机に突っ伏して寝たふりをした。 制服の袖がじっとりと濡れていたけど、今は顔を上げることができない。 次の授業まであと10分。 それまでには、顔を上げていたい。 窓の外は雨が降り始めた。 この雨は止みそうにない。

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