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玲央side 第11話 いいやつなんだ

六月の第二週に入った。 あの日、告白しそびれてから一週間以上が経っていた。 ──今日も、予報通りの雨。 梅雨らしい空模様に、俺の気分は落ち込んだ。 あいつのことを、できるだけ考えないようにしてはいるけど、どうしても頭をよぎる。 あいつの「美味しい」って言ったときの笑顔。 あいつが俺に「玲央の中身も好きだよ」と励ましてくれた真剣な顔。 「かわいい」って言ってくれた、優しい声。 最近はかわいいなんて、言ってくれなくなったけど、知り合ったばかりはよく言われてた。 俺のこと知るうちに、そんな風には思えなくなったのかな……。 ほら、やっぱりあいつのことを考え始めると、最後にはネガティブになってくる。 ──やめよう。 俺は頭を振って、気持ちを切り替えるように意識した。 良くも悪くも、数日後に迫った文化祭の準備がある。 今はそれに集中しよう。 俺は何も考えたくなくて、必死に体を動かした。 俺たち情報科は文化祭で「女装喫茶」をやる。 はっきり言って、誰得だよ……と思っている。 でも、クラスにいる数少ない女子は、かわいい格好ができるから喜んでるみたいだ。 ……女子は女装とは言わないけど、そこらへんは緩い設定みたいだ。 俺は、女装が嫌だと同級生に打ち明けたおかげで、調理担当になった。 毎日弁当を作ってるから、基本的な料理はできるので、これはありがたかった。 今日は調理担当の6名で保存が効く食材の買い出しに行ってきた。 メニューはコーヒー、ジュース、パフェ、かき氷。 材料もほとんどいらないし、買い出しも楽ちんだった。 学校に戻り、校舎に向かう途中、ノコギリの音が聞こえてきた。 ふと視線を向けると、校舎の外の日陰で板を切っている蓮がいた。 手にはノコギリを持って、額には汗が滲んでいる。 俺たちは蓮の横を通って校舎内に入ろうとした。 「あ、玲央くん。買い出し行ってきたの?」 蓮に呼び止められた。 仕方なくほかの同級生には、先に戻っててもらうことにした。 蓮は、相変わらず雰囲気のある男だ。 蓮のことは、あいつの友だちっていうことしか知らない。 でも最近は、よく声をかけられる。 『蓮が柊斗の連絡先知りたいって言ってるんだ』 あいつの言葉を思い出す。 たぶんだけど……いや、間違いなく好意を向けられてる。 ──どうしようか そんなことを考えながら、挨拶を返した。 「うん。調理担当になったから、買い出しに行ってきたんだ」 俺は“いつもの”優しい笑顔で答えた。 「そうなんだ。文化祭、情報科行くの楽しみになるな」 この爽やかなセリフに、額の汗が眩しい。 蓮の言葉は、俺に幻想を抱いてるわけでも、自分を過剰によく見せるわけでもなく、ただの好意的なものに感じて心地がいい。 きっとこいつは、いい奴なんだろうな。 言葉の節々にさり気ない優しさを感じて、俺はそう思った。 「ところでさ、玲央くん、連絡先教えてよ」 あまりに唐突で、俺は明らかに驚いた表情をしてしまった。 「あはは。そんな驚くことか?」 聞き方がさりげなさすぎて、慣れている気がした。 「……だめ?」 俺は一瞬だけ視線が泳いだ。 今度は眉を下げ、困ったように聞いてきた。 こんな顔をされたら、何の理由もなく断ることなんてできないよ。 「……いいよ」 俺が答えた途端、蓮はノコギリを地面に置き、軍手を外した。 蓮のイメージから想像もできない俊敏さだった。 「あ、手すごい汚れてる。ちょっと……あの、手を洗いに行っても、いいですか?」 人が変わったような慌てっぷりだった。 これには俺も笑顔になるしかなかった。 ──実は緊張してたのかもな 蓮の意外な一面を見て、少し気持ちが落ち着いた。 手を洗った蓮と俺は、校舎の中でお互いスマホを取り出した。 俺がLINEのQRコードを開いた。 「あんまり返信速くないかも」 俺が、一応保険をかけるように伝えた。 「そんなのいいよ、気にしないでね。俺もだからさ。」 蓮が俺に気を使わせないように答えた。 蓮は見た目が良いだけじゃなくて、中身もいい奴だ。 友だちもたくさんいるみたいだし、頭だって悪くなさそう。 ──俺とは違うな。 いくら見た目が良くても、みんなを騙してるようなやつは、結局人に好かれないんだ。 あいつだって……。 「登録できたみたい。俺のもいった?」 蓮の明るい声が、俺の思考を遮った。 またネガティブになってたから、声をかけてもらって良かった。 「……うん」 俺のトーク画面には、『よろしく』という蓮からのスタンプが来ていた。 あまりに癖のないスタンプに、蓮の人柄を感じた。 「連絡先教えてくれてありがとう。実は聞きたいことあったから、今夜連絡するね」 蓮がスマホをしまいながら俺に言った。 ──聞きたいこと? 蓮の言葉が気にはなったけど、今夜わかることだから、追求はしなかった。 「わかった」 俺は、スマホの画面を閉じて視線を上に向ける。 蓮と目が合うと、目尻を下げて微笑まれた。 ──ビクッ その仕草に、体が固くなった。 蓮の好意を真っ直ぐに感じ取ってしまい、緊張した。 その後、蓮は特に何も言わずに教室の方向へ戻って行った。 俺はまだ固まったままの体で蓮に視線だけを向けていた。 でもすぐにハッとなり、足をなんとか動かして俺も自分の教室に向かった。 正直、かなり緊張した。 まさか、あんなあからさまに好意をぶつけられるとは思ってもみなかった。 一応こういう場面には慣れてるつもりだったけど、蓮の持つ雰囲気に押されてしまった。 俺は廊下を歩きながら、ふと思い出した。 そういえば、あいつノコギリとかそのままだな……。 きっと、テンパって忘れてるんだ。 「ぷっ……」 つい、笑いが漏れ出した。 やっぱり──いい奴かも。 俺は、不安に思っていた今夜の連絡が、少し気楽に待てるような気持ちになっていた。

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